第14話 7/6『いつか見た、あの夏の空』

 喧噪。


 ファミレス店内からは人の声が四方から聞こえてくる。


 夏休みというものは、学生が一番待ち望んでいる長期休暇。これを待っていない人の方が珍しい。


 窓辺の席へと座った俺達3人は昼食を摂る。


 多種多様なドリンクバー。美味しそうなメニューのラインナップ。


 メニューは主に洋食が多く、グラタンやハンバーグ、中には魚の付いた和定食も掲載されている。


「というわけで、2人共お疲れ。3人でなんとかなってよかったね」


「陽香は拭き掃除しかしてなくない?」


「いや、ちゃんと見ていたじゃん2人をさ」


 確かにそうだけど、掃除の量的には俺達の方が多かったような気がする。


 苦笑いする彼女だが、本当は自分であまりやっていないと、自覚をしてそうな顔だが……はっきり言えよ。


「私達の手柄ですよ陽香ちゃん」


 隣でストローのジュースを飲みながら答えるあゆりちゃん。


「そうだね。……正直に言うよ2人が凄かった」


 自分の負けを認めたのか、ようやく白状する。


 やはり、あゆりちゃんのかわいさにはかなわず、自分の口から白状する気になったのか。


 ……一通り、昼食を終え、ドリンクバーで少し羽休めをしていた。


 陽香曰く、まだある程度の計画は立ててないらしいのだが、いつ何をするか気になるところではある。


 昔、3人が何をやったのかは知らない。でも早くやりたいと俺の中にある高鳴りが押さえ切れない。


 いつ以来だろうな。こんなわくわくするのは。


「とりあえず、今すぐ動きたいけどその為には翼君。ちょっと頼まれてくれないかな?」


「え? 頼みって」














 数日。


 今日は母親が珍しく家に帰ってきた。


 袋一杯のご当地土産を俺に手渡して。


「いや、母さん申し訳ないけどさ、俺いらないよ。……1人じゃ食べられないし」


 あの日は、気がついたら15時を回っていたからその場で解散したが、まさかあんなことを頼んでくるなんて。凄く言いにくい。


「いいじゃない。翼あんたどうせまた休み中引きこもりでしょ? なら小腹がすいた時これでも食べなさい」


「……いやせめて1箱だけにしてくれない?」


 山のように重ねた箱の数々を俺に押しつける。いや、痛い痛い潰れてしまう。


 ……おっと、そうだ陽香に言われていたこと忘れるところだった。母さんはまた明日には出張になるらしいから今日の内に聞いておかないとな。


 1個だけその箱を俺に手渡す。……というかどうしたらそんな箱の山を平気で持って歩けるんだと疑いたくなるのだが。


 俺だけでは食べきれないので、今度行く時2人に持って行ってあげよう。


「母さん。ちょっと話いいかな?」


「……なによ? ははーんさては彼女できたわね?」


 どこから彼女の話が沸いてきた?


 ぎくっと心を打たれる俺。


 確かに間違ってはいない。いないけどまだそんな関係までは。


 いや、まだ了解ももらっていねえよ。


「そ、そうじゃないよ」


 母はぽかんとした顔になり。


「あらそう。……あんたもいい年頃なんだから早く作りなさいよ。……青春っていいわよ、母さん達の時代もそうだったわ。今は社畜の転勤仕事が忙しすぎて滅多に父さんと母さん帰ってこれないから過去に浸っている時間もないけどね」


 残念そうな顔で言われても。


 どんな青春時代を送っていたのかは知らないが、今話すべき趣旨と逸れているぞこれは。


「それで、言いたいことってなによ」


「ええと」


 俺は母に話した。


 夏休み中、玉川町に移り住むということを。
















 陽香が提案したのはこんな話だった。











 まず、玉川町に休み期間中に住むよう親の了承を得ること。


 理由はいちいち往復で金をかけているとすぐ、資金がそこを尽きてしまうから。


 それで衣食住はどうするかというと、それは学校を自由に使えることらしいので、問題はないとのこと。あいかわらずなんでもありな学校。


 ちょうど今日があの日から3日後なんだけれど、母がうちに帰ってくることを狙いこうして交渉したのだが。


 合宿に関しては、あまり親に言ったことはないのだが果たして許可してくれるだろうか。


「……合宿ねえ。……青春の風いいわね~。……うーん」


 何かを頭の中で連想し始める母。


 母はよく暇な時、恋愛物のドラマだったり小説を見ているのだが、それの影響でこんな対応か?


 ……まさか迂闊に我が息子を行かせる…………なんてことは。


「いいわよ」


「え」


 聞き間違えかも知れないのでもう一度。


「だからいいんじゃないって言ったのよ」


 まじか。……あっさりと了承得てしまった。


「青春することはいいものよ。あなたは目一杯、その町で楽しんできてちょうだい」


「ありがとう母さん」


「でも」


「でも?」


 付け加えるようにを提案してくる。


「必ず土産話を持って帰る前提で行くこと。いいわね?」


 おのれ母め。


 あっさりと通ったと思ったら、取引きを持ちかけてきやがった。


 だが、ここで行かないと言えば、それで陽香達の約束を破り結果罪悪感を作りかねない。


 友達の約束を破るわけにはいかない。


 なんなんだこの板挟み状態。ままよ、もう受けるしかあるまい。


「わかったよ。土産話持って帰るよ……でこの家どうするの?」


 俺がいない間にどうするの?


「心配いらないわ。臨時で私が帰って見てあげるから」


 母が万能で助かった。


 うちは滅多に強盗の被害に襲われることはないが、長期空き家にするにあたり少々心配ではあったが。


 すると母は、札を4枚手渡してきた。


「はいこれ、小遣いね」


 金額は13000¥。学生が持つ小遣いとしては多いように感じる。


 いや絶対多いよこれ。お年玉じゃないんだから。


 両親の月給は高いのだが、こんなに渡す物なのか?


「なんか多くない?」


「翼何言ってるの。私達にとってこれはよ。なくなったら連絡しなさいすぐお金送ってあげるから」


 母は思いの外、太っ腹だった。















「というわけで許可取ってきたよ」


「めっちゃ優しいお母さんじゃん」


 翌日。陽香達のいる学校へ。


 気長に2人はくつろぎながら俺を待っていたが、3日もなにしていたんだ2人は。


 まさか、何も食べずにここにいたとか…………ってそれは考えすぎか。


「これで、条件は揃ったね。……翼君今日から本格的に自然活動部の活動を再開しようと思います。」


 机の上で腕を立てながら言う陽香。


 こういうの好きなのか。……出しゃばりかお前は。


「でもよかったですね翼さん。許可もらえて」


「うん、結構うちの親心広いんだよ」


 条件を付けられたが。


 さてどんな話を母に持ち帰ってやればいいのか。そんな考えにふけっている暇は微塵もなく。


「というわけで翼君。早速ですがあなたに任務を与えます」


 だからなんでそんな偉そうなんだよ。


 と横に座るあゆりちゃんが小さな声で。


「……テレビの影響ですよ。最近はまった昔のアニメがあったそうで、その真似なんだと思います」


 影響力って計り知れないな。


 確かに言われてみれば、どこか見たことのあるポーズ。


 誰だったっけ? このポーズしているキャラって。


 まあいいか。


「リスト表をスマホに書いて送るから、それを私の家から取ってきて。……大丈夫そんなに重くないはず」


「誰もいないの?」


「仕事でいないよ。夜になると帰ってくるけど」


 ごく普通の家じゃないかそれ羨ましい。


「はい」


 あゆりちゃんが挙手。


 お、どうしたのかな。


「はーいあゆあゆ」


「私もついていきたいのですが、大丈夫ですか?」


「勿論おふくろーす」


 多分オフコースって言いたいんだと思う。二重表現になっていることはツッコまないでおこう。


「よし、あゆりちゃん行こうか」


「はい、行きましょう」


 かくして陽香の家からお使いを頼まれた俺とあゆりちゃん。


 陽香はどうやらなにか部屋で探す物があるとかで残るとのことらしいが。


 え、一体何だろう、それもめっちゃ気になるんだが……! 


 帰ってからのお楽しみってことで、今は頼まれたことに専念しよう。



 陽香の家がある川沿いの町をひたすら進む。手だけでは足りないと言われたので、学校にある貸し出し用自転車を2台貸してもらったが、大人用と子供用どちらもあるんだな。


 漕いでいる最中さなか。あゆりちゃんが丸い目でこちらを見る。


 小さい体なのにも関わらず、真剣に漕ぐその姿はとてもかわいらしかった。


「そういえば、翼さん連絡先まだ交換していませんでしたよね? この際ですからしましょ」


 スマホを差し出すうあゆりちゃん、絶え間なく俺は。


「お願いします」


 即答だった。これほどに女の子の連絡先を、気づかないまま3つも手に入れるなんて。とても嬉しい。


 陽香といい、海里といい、そしてあゆりちゃんといい、性格は違えどもみんな心の広い人ばかり。……運命の悪戯なのかなこれは。


 連絡先を交換し、あゆりちゃんはまたにこっと笑うと。


「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」


 と手を差し伸ばしてくれた。


 そんな少女の小さな手を俺は優しく握るのであった。


 

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