第19話 放課後の過ごし方①

 例え義理の姉弟になったからといって無理に相手に合わせる必要はない。



 高校初日は退屈だが大切な話がたくさんあって、私は欠伸を押し殺し担任教師の眠くなるお話しをぼんやり聞いていた。

 そういえば今日の昼食は母手作りのお弁当だったが、葵は気に入ってくれただろうか?

 また訪れる眠気との闘いの中でそんなことを考えていたら帰りのHRが終わっていた。

 私は勉強が得意ではないので、明日からの授業についていけるか心配だが深く考えても仕方がない。寄り道はどうしようかと盛り上がる同級生を尻目に帰りの仕度をすませることにした。


 別に友達作りは苦手じゃないが、クラスで話したのはほんの数人程度。


 男子は佐藤楓サトウカエデ以外と話さなかったし、女子も斎藤冬海サイトウフユミと近くの席の子と、前に女バスで見たことがある子と挨拶しただけ。

 そう考えると同性はともかく異性と話すキッカケなんてないな、中学の時はどうしてたんだっけと疑問が浮かび上がってきた。

 いや、普通に考えればこの時間を有効に使い交友関係を広げているんだろうが、私は魂が抜けたみたいに誰かと話す気力がなくなっていた。


 私は私、葵は葵。


 だからこの人波溢れた廊下を縫ってわざわざ義弟に会いに行き、一緒に帰ろうだなんて言うのは憚られることで、寄道をすることもなくすぐに帰宅しようかと寂しいことを考えてしまう。

 鼻先で感じ取れる新鮮な空気は胸の奥をむずむずさせ、勝手に耳に押し入ってくる男女の駆け引きは青い春を予感させてしまう。案外自分は野次馬根性があるというか、誰かの恋物語を立見席で眺めている方が好きなのかもしれない。


(やば、これぼっちルートじゃん)


 窓辺に寄り添い、四階にまで届く暖かい春風を頬に受けながら街の景色を遠望する。楓は別のグループにいるし、冬海は昼食以外はとても静かだった。席もちょうど反対方向だし。かといって別クラスのマリやショウタに逃げるのもダサい気がする。

 柚香は喧騒に向き合うと、とりあえず明日からでいいやと帰ることにした。

 そういえば二年三年は下の階だからもしかしたら先輩なんかとすれ違うかもしれない。眠たさが残る頭を回しながら校舎の端にある小さな階段を下ってゆく。

 柚香は上の空で柔らかな日差しに包まれた段差を下る。

 すると、


「宮村さん」


 踊り場に着いたところで、階上から誰かに呼び止められた。

 柚香はゆらりと蜃気楼のような滑らかさで首を曲げ声の主を確認する。

 それは冬海であった。

「おおーどうしたの?」

「もう帰るの?」

「うん、別に用もないし」

「クラスの人と―――遊んだりは?」

「えーそんな友達できてないしな~」

「宮村さんだったらすぐできるでしょう?」

 冬海は私よりもスラっとスレンダーな体つきをしていた。

 ぴちっと整えられた髪型に少し釣り目の鋭利な眼差し。耳の下から顎先にかけては余分な肉が削ぎ落されており、話し方や姿勢も真面目さが際立って上級生としか思えない。そんな品行方正が皮を被ったような彼女はいそいそとこちらに寄ると、流動する人の邪魔にならないよう踊り場の角に私を押し込む。

「高校でも、中学みたいなアナタを期待してた」

「はぁ、何それ?」

 ハッと嘲笑うような鼻息が漏れて、眉間も眠さに囚われた角度じゃない八の字に変化する。

「アナタってどこか緩く腑抜けているのに、人付き合いは最高にうまかったでしょ?」

 冷たく煌めく青黒い瞳が物申してくる。

「それは私にないもので、ずっと盗みたいって思ってた」

「はぁ」

「だからさっきまで観察してたのに、全然他者と交友を深めようとしないから吃驚した」

 やっぱりこの子は変わってる。

「あのさ、それ私じゃなくて別の人から盗めばいいじゃん」

 彼女の背後を通る生徒はチラリと横目で私達を盗み見てくる。

「第一そんなんじゃ・・・高校も中学の二の舞になるよ?」

「誰かを参考にするのは構わないけどさ、私はやめときなって」

 世話焼きな私はいつもだったら協力を申し出ているかもしれない。

 けれど最近はてんで駄目だ、冷めてしまっている。

「じゃそゆことで」

 ポケットに仕舞っていた手をひらひらと振り帰ろうとするが、


「待って」


 また止められた。


「ならせめて、私に人付き合いを教えて」


 絞り出すような願い事、その様子は苦し気であった。


(同じ轍を踏みたくないのかなぁ)


 彼女を行事の打ち上げで見たこと、ましてや休みの日に誰かと遊びに行ったという話は聞いたことがない。そういう性格だとわかっているから私に頼んでいるんだろうが、さてどうしたものか。

「うーん、それって教えるものじゃないと思うよ?」

「でも―――」

「今日って習い事?」

 スマホを見ながら尋ねてみる。

「ええ、五時頃からだけど」

「ならさ、高校デビューしに行こうよ、二人で」

「え?」

 柚香ははにかんで階段を下りる。



「だから!寄道しようってば!」



 踊り場のお嬢様は感極まったのか喉奥を鳴らしたあと、


「っっっ!」


 顔を真っ赤にし無言で私の隣に下りてきた。


(あれ、これ友達になりたかったって話?)


 そんなことを空に浮かべながら、真横に並ぶ少女のお手伝いをしてみようと思う柚香なのであった。


 ♦♦♦♦


 昇降口はとにかく慌ただしかった。

 新入生に混じり移動教室中の上級生も見受けられ、殺風景な校庭にはジャージ姿のザ・高校生達が体育の授業に励んでいた。柚香は中学の光景と重ね合わせるも、やっぱり目の前の人達が遥か雲の上の存在に感じられた。


「あっ」


 校庭から出入り口に目を向けるとちょうど見知った後姿が目に入る。

 私は冬海を置いて小走りにその背中を追いかけた。


「葵」


 柚香の声に反応しふっと振り向く葵。

 浮かない顔かなと予想したが全然そんなことはなく、いつも通りだった。


「宮村・・・さん」

 気恥ずかしそうにソワソワし始める葵。この時間にもう帰ろうとしているということは、友達ができなかったのであろうか?

「もう帰るの?」

「まぁ、部活とか委員会は明日見て回るし」

「誰かと遊んで帰ればいいのに」

「いや、うん」

 相変わらず要領を得ないというか、ハッキリしなさいよと言いたくなる。


「宮村さん?」


 そんな二人に冬海は疑問を持った。

「ああごめんね、この子は私の友達の高遠葵クン、仲良くしてあげて」

「そうなの。初めまして、私は斎藤冬海っていいます。宮村さんとは同じ中学でした」

「あっ、どうも・・・僕は高遠葵で、中学は前崎でした」


「そうだ、せっかくだし三人で遊ばない?」

「「ええっ!?」」


 息ピッタリでこちらを向く男女、そしてお互いの顔を見合わす。

「いいじゃんいいじゃん、それじゃ駅前のカフェにしよ」

「そんな強引な・・・」

「私もちょっと・・・」

 似たような性格なのか、人見知りの二人は尻込みしているが柚香は持ち前の明るさを発揮し両方の腕を引っ張る。

「ちょっと!?」

「宮村さんっ!?」

「はいはい話はあとで聞くからさ!」

 なんだか楽しくなってきた少女は衰えていない腕力で深海に漂っていた獲物を引き揚げる。



 冬海と葵はそんな柚香に逆らえるはずもなく、唯々潮の流れに身を任せることしかできないのであった。

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