鑑定大好き エリザさん!!(表)




「なるほどな……すごいな、異世界」

「あの……その言葉、そのままお返ししても?」


 宗茂が暮らしていた世界、つまりは地球において、世界最速を誇る無人航空機――HTVー2。

 最高時速21,245kmを誇るスピードモンスターですら及ばない、反則を具現化したような代物。


 それが、長距離空間転移陣である。


 異世界に来たばかりで、も接続されていない――本来なら、単なる一般人未満であるはずの異世界人。

言い換えると、弱者そのものであるはずの存在が、金等級の魔物に何一つ抵抗を許さずに命を奪い、あまつさえ、あのファクシナータを相手にして、殺されないどころか認めさせるという、人外認定が当確している異世界人。


 それが、本多 宗茂 38歳である。


 空間転移にしろ、本多 宗茂という埒外らちがいの存在にしろ、結局のところ、そういった突出した何かを初めて見聞きしたならば、驚いてしまうのは仕方のないこと。




 その事実に気付いてはいるものの、心の安寧の為の小休止とばかりに、互いに感心していた宗茂とティアナであった。




 さて、そんな2人は現在、デラルスレイク防衛都市内の一角に建つ、ナヴァル王国第2騎士団宿舎内の食堂にいた。

 第2騎士団に所属する期待の大型新人にして、ナヴァル王国全平民の希望の星と評判の、あのティアナ嬢が、デラルスハイオークのとろとろチャーシューという、美味なるものを堪能してから、約1時間。


 宗茂は、今後のことをティアナに相談しつつ、ナヴァル王国のことやデラルスレイク防衛都市、デラルス大森林の知識を蓄えていた。


 そんな中、食堂の入り口付近で、騒音さながらの黄色い悲鳴があがる。


「ずいぶんと騒がしいな」

「ですね……誰か来たんでしょうか?」


 5分後。


 宗茂もティアナも、さして興味はないのだが、黄色い悲鳴が止みそうな気配はない。


「……ホントやかましいな」

「そ、そうですね……あの感じなら、たぶん特等の誰かだとは思うんですけど……」


 そんなことを口にしながらスッと席を立ち、おもむろに食堂入り口へと向かう2人。


「……ティアナ、本音は?」

「……ムネシゲさんも言ってくださいね?」

「………………」

「………………」


 ――特等っていうくらいなら強いよな、手合わせしてみたいもんだ。

 ――年に数回しか会えない特等の方もいらっしゃるので、お顔くらいは拝見したいですよね。


 お互いの心内は理解した。目と目が通じ合い、同時にうなずく宗茂とティアナ。


 そして――


「行くぞ!」

「お顔拝見させてください!」


 肩を並べ、悲鳴挙がる戦場へと2人は駆けた。




 10分後。




「………………」

「………………」


 食堂テーブルに突っ伏す2人は敗残兵、いわば負け――


「誰が負け犬だ!」

「わっ!? ビ、ビックリしました……」

「なんだ、幻聴か……」

「えと……治癒室行きます?」

「大丈夫だ……それにしても――」


 今なお人だかりが消えないそちらへと目を向けた宗茂は、このような結論に至った――


「――あれは無理だな……羽根付き青トカゲと殴り合う方が、よっぽど気楽だ……」

「あはは……否定できませんねえ……」


 人並み外れた膂力りょりょくがゆえの手加減の難しさ、面倒極まる足止めとそれを穏便に排除する難易度の高さに、流石の宗茂も逡巡しゅんじゅんし、その結果、群衆に手を出せず。

 精神の高潔さが一部の魔法に影響を与える、そんな研究結果が出てからの20年間で、最も純粋な心を備えている魔法騎士ティアナが、自分の都合で、他者を押しのけられるわけもなく。


 その結果、10分前に座っていた席へと、2人は戻ってきたわけだ。


「せめて、どんな奴が来たのかだけでも――」

「――エリザ様ですね」

「……ほう?」


 柔らかな笑顔でティアナが告げた名は、王国に所属する特等と呼ばれる者たちの中でも、希少すぎるスキルの影響で、厳重な警備で守られている、要人の中の要人。


「チラッと見えたので、間違いないです」

「ほうほう。で、どんな奴なんだ、強いのか?」

「んー、仮にも特等ですので、弱いということはないと思います……たぶん」

「おいおい、ハッキリしないんだな、有名な奴なんだろ?」

「し、仕方ないじゃないですか。あの方は、あまり前線に出てくることはないですし、万が一があった場合……」

「……あった場合?」


 くすみも癖も見当たらない、綺麗な翠緑の髪。ほんの少しだけだけタレ目な、ほぼほぼ完璧と評せるほどに整った顔立ち。良く鍛えられているのが窺える。均整のとれた身体。

 欠点らしい欠点もない、その上で、数ある美点は他を圧倒するティアナは、心も身体も、正に美少女である。

 そんなティアナが、エリザという名の特等の説明を、ドヤ顔じみた微笑ましい表情で始めたのを眺めていた宗茂は、なんとも懐かしい気持ちになったからか、思わず手を伸ばし――両頬をムニュっとつまんでいた。


ふぁふぁふぁー!?」

「はは、悪いな」

「うぅ、酷い目にあいました……ふぉえ!?」


 正直、ティアナは驚いていた。

 出会ったのは5日前。


 非常に好戦的で豪放磊落ごうほうらいらく、そんな印象からは考えられないくらいに、料理が上手な、年上の男性。


 それが、ティアナの、宗茂に対する印象。

 だからこそ、命の恩人である異世界人のこんな表情を見ることになるとは、ティアナは思いもしなかった。


「あー……すまん、ついでな」

「い、いえ、らいじょうぶ、でふ……」


 それはおそらく、特等と呼ばれている少女が、この食堂をたまたま訪れたことに匹敵する、もしくはそれ以上の珍事。


 宗茂は、とても優しい表情で――ティアナの頭を撫でていたのだ。


 ティアナからわずかに距離をとった宗茂は、慌てた様子で、バツが悪そうに顔をそらす。

 ティアナの目に映ったのは、わずかに生まれた恥ずかしさを隠すように口角を僅かに上げた、

 アラフォーおっさんの、あまりに貴重なその表情は、おそらくほとんどの婦女子にとって、別段、価値のあるものではないだろう。

 悲しいかな、それが現実である。


 だが、違うのだ。


 世の中には、確かに存在しているのだ。

 彼ら彼女らは、理解が欲しいわけではない。

 彼ら彼女らに、同情など不要だ。

 ただ、邪魔さえしなければ、それでいい。


 その者たちの名は、少数派マイノリティ


 多数派マジョリティとかいう、日和見主義のゴミ豚どもに喰わせるラーメンなんかねえんだよっ!! タイマンでケリつけんぞっ!! ――といった手合いの、敵対してくる輩は絶対に許さない、反骨心が旺盛おうせいな方々。なお、身内には優しい。


 ――名が体を表す。


 つくづく良く考えられた言葉である。

 そう、少数派は少ないからこそ、少数派である。


(な、なんか顔が熱く……ひょひゅふぇ!?)


 異世界に連れてこられたアラフォーおっさんが、たまたま近くにいた聖女候補の少女を助け、たまたま見てしまったラーメン大好きおっさんの笑顔が――幼いころに亡くしてしまった――大好きだった父親のソレと、ぴったり重なった。

 たまたま助けられたことへの恩義と、たまたま見てしまった貴重なおっさんの笑顔が、恋愛などできるはずもない厳しい修道院生活を送ってきた少女には、いささか刺激が強すぎてしまった。

 それゆえ、好意が一足飛びでへと昇華してしまった少女が到達した、たまたま辿り着いた、その現実。

 偶然と必然が、なんとも絶妙に混ざり合ったことで産まれた、因果律のイタズラ。


 それは俗に――奇跡とよばれる事象。


 世界的にみて最上位に位置する、心身ともに割と欠点の少ない美少女が、まさかの年上趣味であったこと。

 聖女候補でもある翠髪の少女が、アラフォーおっさんに懐いていた姪っ子の面影に重なったこと。


 それは、完全無欠のイレギュラーといえた。


 そう、まさか、こんな――ことが起きるとは、誰も予想していなかった。


 世界が軋み、色がうしなわれる。




 訪れたのは、――




 ふふっ……あはっ、あはははははっ、げはっごふっ……はぁはぁ……はは……ざまぁみやがれ……ようやく、ようやくよ、ははっ……はぁはぁ……アンタよ……そう、今、アタシを認識してるアンタが、全ての鍵。いずれ必ず繋げてみせるから、それまでにアンタはアイツに、歴代最強に、どうにかして接触しなさい。どんな形でもいい、そうすれば――




 ――ティアナ以外に、宗茂の笑顔を見ていた者がいた。


 その名は、エリザベート=B=ウィロウ。


 希少なスキルである『鑑定』、その最高ランクである『鑑定 極』を、現代において唯一発現させた、特等級鑑定師である。















 コロ







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