あかん……とろっとろやん!?




 少女は疑っていた、無理もない。

 例えるなら、それは、父親の仇が自分の母親と結婚するのを認めてほしいと、何食わぬ顔で口にするようなもの。

 はたして、このような申し出を快諾できる者はいるのだろうか。いや、おそらくは、大多数の者が拒否することを選ぶだろう。

 父親の仇が義父となったことを喜ぶなど、とても正気の沙汰とは思えない。なにかしらの特別な事情があるか、非常に奇特な精神構造をしていない限り、拒否することを選択するはず。

 だとすれば、翠髪の少女ティアナは、奇特な精神構造の持ち主であるのだろうか?


 ――否。


 彼女は、特別な事情――命を救ってくれた恩人の言葉だからこそ渋々、実に48分もの長考の末、一応、承諾したのだ。


「お、美味しいっ!!」




 その結果として彼女は、デラルスハイオークのとろとろチャーシューにありつけたのだ。




 デラルスレイク――デラルス大森林に隣接する巨大な汽水湖。

 デラルス大森林北域に存在するベルナス神山、その清らかな水源から流れてくる恵み。

 ナヴァル西海と名づけられた、ガルディアナ大陸西側に位置する海域からもたらされる恵み。

 2つの恵みが合わさることで生まれたのが、デラルスレイクである。

 そして、自然豊かな湖の幸を求め、多くの人々が、その地に集まることになる。


 デラルスレイク防衛都市の誕生である。


 その都市は、大陸屈指の経済力と軍事力を、ナヴァル王国へと齎すことになる――大きすぎるリスクとともに。


「――それがアイツってことか」

「話を聞く限り、おそらくは……」


 ナヴァル王国騎士団第2宿舎の食堂にて行なわれた、デラルスハイオークのとろとろチャーシューの試作会。後片付けをしながら、あれこれ話しているのは、本多 宗茂とティアナの両名。


 デラルスハイオークとの戦いの後、ティアナの案内で、デラルスレイク防衛都市へとやってきた宗茂。

 その流れのまま、第2騎士団宿舎に併設されている治癒院へと向かい、ティアナ達を預けることに。

 体内の魔力回路を酷使こくししたティアナは、治癒院で療養。


 その5日後、彼女が退院したお祝いを兼ねて、宗茂が、とろとろチャーシューを振る舞った形だ。


 なお、ヨハンとゲオルグの両名は、ティアナよりもはるかに重傷であるため、もうしばらく治癒院生活が続く。ティアナからのお願いで、2人が退院した際にも、とろとろチャーシューが振る舞われる予定である。

 ティアナの、隠しきれぬとろとろチャーシューへの愛が、宗茂には垣間見えていた。


 罪深きは、年頃の少女ですらとりこにする、宗茂特製とろとろチャーシューである。


「ムネシゲ様は――」

「いや、様はやめてくれ……」

「は、はい……ムネシゲさんは、やはり――傭兵ギルドに?」

「まあ……そうなるな」


 それは、治癒院へとティアナ達が入院してから、3日に渡って行われた話し合いの結果。


 宗茂は、違和感を覚えていた。

それは、ある種の疑惑であり、純然たる疑問。

 いくつか存在する疑問に対する明確な、もしくは、納得できる解答が得られない以上、宗茂は、どうにもこの世界を信頼できないでいた。


 まずは、いや、どうしてもそれが、気になっていたのだ、宗茂は。


 彼からすると、どうにも気持ちが悪いのだ、それは。とはいえ、それ自体は単純な事柄でしかなく、だからこそ、宗茂は気になっているわけだが。


(なぜティアナ達が――を使っている?)




 事柄自体が単純だからこそ、この疑問は、余計に難解なのである。





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