ハグ好きJKに毎日抱き着かれて、正直困るんだが
休日が明けて月曜日の放課後。
授業を終えてからしばらく寝ていた俺は、構内アナウンスで呼び出しで目を覚まして、職員室へとやって来ていた。
「倉橋先生はいますか」
「おう、いるぞー」
「失礼します」
そう言って、声のところまで向かうとそこにはニヤニヤと笑っている女教師がそこにいた。
手に何かの書類を持って、こちらへと見せびらかすようにしている。
「来たんですね、あいつ」
「ああ、どっかの誰かさんが教室で寝てる間にな。鍵も持って行ったぞ」
「……やる気満々っすね」
「ああ、ヤる気、な」
イントネーション若干違うの普通にセクハラじゃねーのこれ。しかも、オヤジ臭いタイプのろくでもないやつ。
「品性どこに置いてきたんだ、この聖職者……」
「母ちゃんの腹の中だよ」
「生まれつきってもっと問題じゃないですか……」
「相手は選んでるつもりだ」
相手が生徒って時点でダメだろ。アウトだよ。
マジでこの人、俺のことを何だと思っているんだろうか。
「友達」
「何で分かるんですか。あと、それ先生が言ったらダメなやつですからね」
普通は生徒の方が、馴れ馴れしい場合のやつだろ。しかも、男教師とちょっと目立つタイプの女子のやつ。少女漫画にありがちでベタなやつだが、俺は結構好きだよ。
そうじゃなくてだな。
「まあ、そういうことなんで、これからは部員二人でお世話になります」
「おう。まあ、あたしがやることなんてほとんどねえけどな」
そう言って、倉橋先生は二ッと笑う。
「何言ってんすか」
問題のタネを懐に抱えたようなものなのに、ずいぶんと調子が軽い。
こっちは絶対これからも世話をかけさせてしまうのだろうな、と半ば確信しているというのに。
「世話なんていくらでもかけてくれていいんだよ。あたしはお前の先生なんだから」
急に格好いいこと言わないで欲しい。温度差で風邪をひいてしまう。
「……友達って言ったり、先生って言ったり忙しいっすね」
「うっせ。あたしはお前の友達で先生なんだよ、文句あるか」
「ありますけど」
「だーッ! たく、お前は頭かてぇな!」
「ぐえッ」
面倒臭そうにそう言った倉橋先生は、茶化した俺の頭をガシガシと撫でながら、おかしそうに笑う。
「こまけえこと気にしてると、将来ハゲるぞ?」
「……それはイヤっすね」
「だろ?」
もしもそうなったらうちの家系で初のハゲだ。親父や祖父がそうならまだ諦めもつくが、どちらもふさふさなので、俺だけとなると悲しくて生きていられないかもしれない。
「ま、お前の将来の髪事情はどうでもいいとして、よかったな」
全くもってどうでもよくないのだが、それもまた細かいことなので気にしないことにして、先生の言葉に頷いた。
「そうっすね、まあよかったかは正直微妙ですけど」
だって、あんたら絶対波長合うだろうし。
「ははは、まあ、そう邪険にするなよ。いいじゃんか、美少女と美女にからかって貰えんだから」
「よかねえっすよ」
ただでさえ、個々人の相手で負担が大きいのに一度に倍で来られたら、それこそストレスで本当にハゲてしまう。
「はっ、まあ仲良くやれよ」
「善処はします」
「ちゃんとやれ」
いつかのようにデコを小突くと、「それじゃあ、あたしは仕事があるから」と言って、倉橋先生は机に向かった。
「失礼しました」
「またなんかあったら来いよ」
「それも善処の方向で……」
「はいはい、しっかりやってくれ」
頭を軽く下げて、職員室から出る。
荷物を持って、廊下を歩く。行き先は文芸部、といきたいところだったが、その前に図書館へと向かことにした。
まあ、どういう結果にしろ、一応の決着はついたのだから報告の一つぐらいしておくべきだろう。どうせ、赤月のやつは部室にいるのだから、急いで向かう必要もない。
そんなことを考えている間に、図書館へと辿り着く。
扉を開けると、一ノ瀬はカウンターで頬杖をつきながら本を読んでいた。
「よっ」
それに声をかけると、彼女は緩慢な動作で顔を上げて、俺の顔を見るとげんなりとした顔をした。
「なに?」
「いや、少し話そうと思ってな」
「……少しだけよ」
そうは言いながらも、そこまでイヤそうではない辺り素直じゃない。
「赤月なんだけどな」
「うん」
「文芸部に入った」
「……あっそ」
あれ、おかしいな。機嫌が悪くなったぞ。なんかまずいこと言ったか?
「それで、話しってそれだけ?」
「それだけって、お前な……」
どれだけ俺が頑張ったかわかってんのかこいつ。いや、わかんなくていいんだけどさ。
一ノ瀬の冷たい反応に、若干くらっていると、彼女はため息を吐いてから言った。
「……見つかったの?」
「……まだだな」
何のことを言っているのかはすぐにわかった。
「そ、じゃあ今日は経過報告ってことね」
「そうだな。一応、体面上の関係は出来た」
「部活仲間、ね。いいんじゃない?」
そう言って、ふっと一ノ瀬は笑って、しかしそれからすぐ、険しい顔をした。
「あんた、もしかして赤月さんを部室に放置して来たんじゃないでしょうね?」
「……」
これ、なんて答えるのが正解なんだろうか。
放置していると言えば確かにそうだし、向こうが俺を起こさずに行ったからこうなっていると言えば、それもまたそうなのだ。
いや、入部初日の部員に鍵を取りに行かせたりしてる時点で結構ダメか? ダメだな。ダメじゃない理由が思いつかない。
「やっぱりね、ほら私はいいからさっさと部室に行きなさい」
「……悪い」
「何に対する謝罪よ。まったく」
そう言って、一ノ瀬は笑う。
そのまま彼女にも別れを告げて、図書館を出る。
部室のある階まで階段を上っていると、途中で見慣れた顔が下りてくるのに気がついた。
強気な瞳に、特徴的なプリン頭のポニーテールは間違いない。遠野だ
向こうもこちらに気がついたようで、一瞬立ち止まって、それから何やらにやりと笑って、また階段を下り始める。
なんだろうかと、その様子を怪しく思いつつも、俺も動き始めた。
そのまますれ違おうとした時、遠野は一言「やるじゃん」とだけ言って、そのまま降りて行ってしまう。
なんというか、赤月とは別の方向に飛びぬけたやつだと思う。全くもって何を考えてるのかさっぱりわからん。
一気に気力を持って行かれた。
心なし肩を落としながら、部室の前に辿り着き、扉を開ける。
「あ、やっと来た」
赤月がこっちを見て、そう言った。表情は例の如く笑顔だ。眩しすぎて眩暈がするから、帰ってもいいかな。
「おう……」
「今日もよく寝てたね」
「まあな、眠ることと手を抜くことに関して言えばこの学校に俺の右に出るやつはいねーよ」
「それ、誇ることじゃないと思うよ」
ジト目でこちらを見る赤月を無視して、荷物を置いて定位置に腰を下ろした。
それにしても……。
「お前、馴染み過ぎじゃない?」
「そうかな?」
椅子に座って、ブックカバーのついた文庫本を開いている赤月は妙に様になっていて、元からそこにいたと言われても、何の違和感もないほどに、落ち着いた雰囲気があった。
こいつの今の様子を見て、新入部員だと思うやつはいないだろう。
それっぽくないところを挙げるなら、やはり金髪だろうか。金糸と見紛うほどに鮮やかな色味のその長い髪は、どう考えても文芸部という場所に不釣り合いだ。
いや、別に黒染めして欲しいとか思ってはいない。むしろ、そんなことをして来たらがっかりして、部室から追い出すまである。
それほどに、赤月のその髪は彼女によく似合っているのだ。
俺がうんうんとそんな意味のないくだらんことに思考を割いていると、赤月はふっと笑った。
「まあ、わたし入部する前からここに来てたし、慣れちゃってるのかもね」
「それもそうか」
納得して、俺もカバンから一冊、本を取り出そうとして、やめた。
赤月が近づいて来る気配を感じたからだ。
「……早速か?」
「二日、我慢しました」
「いや、何の宣言だよ。胸を張るな。ドヤ顔をするな。何も偉くないし、むしろ当たり前だ。しかもその二日間って休日じゃねえか」
「休みは休みで楽しんだけど、それはそれとして、ね?」
「ね、じゃないが……」
いや、本当に何なの。そんな中毒性あるものなの?
「ね、いいでしょ。三十分だけ!」
「長いわ」
抱き着かれる方の身にもなって欲しい。
流石に来て早々に抱き着かれるのは嫌なので、無視して本を開くと赤月は頬を膨らませて、俺の隣に座った。
「むう……」
むう、じゃねえよ。
ジッとこちらを見つめ続ける赤月。なんか前より酷くなってる気がするのは、俺だけだろうか。
「……仕方ねえな」
そう呟いて、赤月の方を向く。
「ほれ、いいぞ」
腕を開いて、受け容れの態勢を整えてやる。
さあ、どこからでもかかって来いと思っていると、当の赤月がポカンとしていた。
「え、あの、いいの?」
「は? お前がしたいって言ったんだろ」
「いや、そうだけど……」
ごにょごにょと小声で何やら言っている赤月。
「今まで嫌々だったから堂々とされると難しいと言いますか……」
「何言ってんだ、お前」
こうもはっきりとしない彼女を見るのは珍しい気がする。
「抱き着くのか、抱き着かないのか、どっちなんだ」
いい加減腕を広げているのも辛いので、そう言うと赤月は慌てた様子で、
「だ、抱き着くからちょっと待って! 心の準備させて!」
今更何を言ってるんだと思ったが、したいというのならさせてやろうと、少しだけ彼女のことを待つことにした。
深呼吸を何度か繰り返したあとで、意を決したように俺を見て赤月は言った。
「じ、じゃあ、行きます」
「おう、はよしろ」
ゆっくりと赤月がにじり寄って来る。
それから、おっかなびっくりとした様子で腕を伸ばして、ようやく俺に抱き着いて来た。
「ぎゅうーッ」
久しぶりの擬音付きである。間抜けな響きのそれには、なんだか癖になる愛らしさがあった。
されるがままになりながら、手持ち無沙汰になった手を軽く彼女の後ろに回してやる。
すると、赤月は落ち着いたようで、小さく息を吐き出した。
「やっぱり安心するなあ」
「俺はお前のママになったつもりはないんだけどな」
「いやー、これはママですよ。優斗くんは完璧なお母さん力をお持ちのようですね、はい」
何キャラなんだ、それ。
「あ、こういうのバブみって言うんだっけ?」
「……は?」
なんつーこと言い出すんだこいつ。
「それ、二度と口にするな」
「え? なんで?」
「なんでもだ。あまり品のある言葉じゃないんだよ」
「……下ネタ?」
「まあ、それに近しいものだと思ってもらっていい」
「……わかった。言わない」
それでいい。いや、本当に驚いた。
赤月が突然、いかにも言わなさそうな言葉を言うとは思わないだろ。誰だよ教えたの。
「まあでも、それぐらい安心するんだよ。わたしにとって、日向くんはさ」
「喜んでいいのかわからないな」
「わたしとしては嫌がらせも兼ねているつもりなので、喜ばないで欲しいかな」
「わーい」
「わあ、すっごい雑だ」
言って、ケラケラと赤月は笑う。
それに釣られて、俺も笑った。
なんか、本当におかしいな。何もかもが全て、おかしい。人間も、状況も、関係も、全部。
けれども、それを全部ひっくるめてきっと俺たちなんだろう。
馬鹿らしいことだと思うが、それでも俺はこの時間が好きだとそう思えた。思えるようになった。
「なあ、悪魔さん」
「ふふっ、なに?」
「俺はお前が嫌いだよ」
急に現れて、俺の色々に影響を与えて平気な顔をしているお前が嫌いだ。
「わたしも、君が嫌いだよ。大嫌い」
彼女もきっと、いや、間違いなく俺と同じ想いを抱いている。
ただ、そこには不思議なことにお互いのその言葉に憎しみはなくて、ただ純粋な恨みだけがある。
俺たちはお互いがお互いにとって、劇薬でしかなくて、ただ少し関わっただけで自分のこれまでを強く揺さぶられてしまうから、そのことがどうにも恨めしくて仕方がない。
ただ、それでも今だからこそ思える。
俺は、赤月に出会えてよかった。
数週間前の俺だったら絶対に否定するだろう。本当に、今だからこそ思えるのだ。
黙り込んだ俺に、不思議そうな顔をして赤月が見上げて来る。
それに、何でもないというように首を振る。本人には絶対に言わない。つーか言いたくない。
赤月もすぐに納得してくれたようで、また俺の胸に顔を埋めた。
勝手に椅子を持って来たこのアホのおかげで、ずいぶんと賑やかになってしまったが、結局のところそれもまた日常の変化なのだと思う。
愛おしいかどうかは別として、まあ悪くもないのかもしれない。
まあ、それでも一言、何か文句をつけるとするなら――。
ハグ好きJKに毎日抱き着かれて、正直困るんだが。
なんて、そんなところだろうか。
安っぽい。あまりにも安っぽくて、自分でおかしくなってくる。
や、困ってるのは事実だが、なんていうか我ながらアホなことを考えるものだと思った。
「なあ、赤月」
「んー?」
胸に顔をつけたままで返事をする赤月に、苦笑しながら言う。
「俺、今結構楽しいみたいだ」
これから先、この変わり切ってしまった日常は、景色は、どうなっていくのだろうか。
それが楽しみで、柄にもなく浮足立っている。
けれども、それでいいのだろう。
赤月花蓮と出会ってしまった。
その時点で既に、日常を眺めるだけの傍観者でなんて、いられるはずがなかったのだから。
一部完
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
おはようございます。高橋鳴海です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
一月近く毎日投稿をしてきましたが、当初考えていたよりもずっと多くの方に読んでいただけてとても嬉しく思っています。おかげさまで一応の完結まで漕ぎ着ける事が出来ました。
一部完です。一部です。二部あります。頭の中には、ですけれども。
ここ一月近く毎日投稿をしていて、今更気がついたのですが、生活リズムがやばいことになりました。なので、それだけが理由というわけではありませんが、しばしのお休みをください。詳しいことは近況ノートに書かせていただくので、もしよければそちらをお読みいただけると幸いです。
諸々万全にして、戻ってこようと思っているので楽しみにしていただけると嬉しいです。
ブクマ・応援・コメント・星・レビュー。とても力になっていました。これからの活力の源にもさせていただこうと思います。
では、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
高橋鳴海
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