お前はお前のままで


 割と自身満々でした勧誘をすげなく断られた昼休みの後、いつも通り寝たきりで授業を終えて、俺はまた職員室を訪れていた。


 今度は呼び出されたわけではなく、部室の鍵を取りに来ただけだったのだが、倉橋先生が妙ににやけた腹の立つ顔で、「どうだった?」と聞いてきたので、俺はことのあらまし――もちろん、ハグ云々は抜きにして――を話したのだが、その結果。


「あははははッ!」


 職員室中に響き渡るような声量で笑われていた。

 普通なら他の先生方が、何事かとこちらに視線を向けて来るような状況なのだが、倉橋先生と俺という組み合わせを理解しているのか、全員、我関せずを貫いている。


「お前、やっぱ馬っ鹿だなあッ!」

「……いや、俺としては割と自信あったんすけどね」


 そう言うと、倉橋先生はまた笑う。


「ぶふッ! お、お前、あんま笑わせんなよ。普通、お前のことが嫌いだって堂々と宣言した相手に、同じ部活やろうぜ! なんて、言わねえだろ」

「……まあ、そうっすね」


 ド正論過ぎて、何も言い返せない。


「う、くくッ。いやあ、本当に日向ァ、お前ってやつはどうしてそう面白いかねえ」

「俺個人としては面白いことしてるつもりないんですけどね」

「んなこたあわかってるよ。ま、いいんじゃねえの? 青春っぽくて」

「いや、全然、これっぽっちも良くないですから」

「そうかあ?」


 ニヤニヤ笑いをさらに歪ませて、倉橋先生は言う。


「お前、前よりずっといい顔してるぞ?」

「……そうっすか」

「お、否定しないのか?」


 珍しい、と感心したように呟いて倉橋先生は頷いた。


「肯定もしてないっすけどね」


 というか、いい顔って具体的にどうなってんだよ。そこがわからないと、否定しようもないだろ。


「……面倒くせえなお前」


 確かにそうだが余計なお世話なので、放って置いて欲しい。あと、先生だって周りから見れば、俺と変わらないほど面倒臭い性格をしているはずだ。


 人をおちょくって楽しむところとか、特にそうだろう。


 いつだか生徒に怖がられるとか、同僚たちの飲み会に誘われないとかぼやいていたが、そんなんだから俺以外の生徒とか、同僚に苦手意識を持たれているんじゃないか。


 流石に思っても口には出せないけど。


 だって、蹴られるし。


「ま、なんにせよ断られたならしゃーなしだ」


 俺が失礼なことを考えていると、倉橋先生は話を切り替えるように言った。


「日向、今日はもう帰れ。今の時期、部室でやることないだろ?」

「いやまあ、確かにそうですけど……」


 あんなことがあった後だから、赤月は帰っただろうし、適当に本でも読んで帰ろうと思っていたのだが。


「そんな顔すんなって。お前のために言ってんだよ」

「俺のため?」


 帰ることで、何か俺のためになることがあるのだろうか、と考えるが、家に早く帰れること以外に何かあるとは思えない。


「しゃーないからヒントやるよ。お前は昨日までは赤月を勧誘するのに断固拒否って感じだっただろ。なのに、どうして今日になって赤月を誘った」

「それは……」


 あいつが「安心する」と言ったからだ。


「まあ、お前の中に答えはもうあるんだろ。それをもうちょっとよく考えてみろよ」


 そう言って、倉橋先生は「先生」の顔をする。


「何かが変わるってのは確かに怖いことだ。尻込みするのもわかるし、あたしだって今の自分の生活が急に変われば、警戒もするさ。それに合わせて自分を変えることだって真っ平ごめんだ。けどな、それならそれで、やりようってのはあるもんだよ」


 これまでの気安い感じではなく、俺に何かを教えようとするように、荒い口調でも確かにその言葉は慎重に選ばれているように感じた。


「お前はお前のままで一歩踏み出してみろ」


 八重歯を見せて笑う倉橋先生に告げられた言葉は、不思議とストンと落ちて来て、自然と受け止めることが出来た。


「話してもいないのによくわかりますね……」

「一応、教師だからな。一年も付き合いがあるんだから、そんぐらいわかるよ」


 カラカラと笑うその様子に、敵わないな、と思う。教師だからって、誰にでも出来ることじゃないだろうに。

 本当に何もかも見透かされているようで、少し気恥ずかしくなったが、それが不思議と嫌ではなかった。


「少し、考えてみます」


 だからだろう。やはり俺の口から出たのはいつもの憎まれ口ではなくて、自分でも意外に思ってしまうぐらい素直なものだった。


「おう。まあ、せいぜい悩むがいいさ」


 先生に別れの挨拶をして、俺は職員室を出る。

 いつもああなら、怖がる生徒もいなくなるのにな。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


いつも読んでくださりありがとうございます。高橋鳴海です。

三日ほど、文字数の多い回が続きましたが、お付き合いいただきありがとうございます。

これからも、時々文字数が多くなってしまうことがあるとは思いますが、呆れられてしまわないよう、書いていきたいと思っているので、その時も読んでいただけると幸いです。

最後に、ブクマ・応援・星、本当にありがとうございます。これからも頂いたものに、応えられる作品を作れるよう精進していきますので、何卒、よろしくお願いします。


高橋鳴海



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