だっりい

 校門の前で一ノ瀬と別れてとぼとぼと駅まで歩き、地下鉄に乗って五分、乗り換えてまた地下鉄に十五分揺られて、さらに十五分ほど歩いてようやく家に辿り着く。


「ただいま」


 そう口にしてみても、返事が来ないことは分かっていた。


 母子家庭で俺と母と姉の三人暮らしの我が家にはこの時間、誰もいない。


 母さんはいつも帰宅時間が十時を過ぎるし、姉さんは部活と無駄に広い友人関係が故に母さんと一緒に帰宅することが多い。


 まあ、だからギリギリまで学校に居たとして家に一人の時間は三時間程度。と言っても、母さんも姉さんも基本、俺のことは放置だし、一人で飯食って部屋籠ってりゃ滅多に顔を合わせることもない。


 反抗期とか思春期とか、きっと色々理由はあったのだと思う。中学の頃は、それこそしつこいぐらいに顔を合わせていたような気もするが、気がつけば会話が減っていた。


 だからなんだ、という話ではある。それで居心地が悪くなるのならいざ知らず、快適なのだから文句はない。別に家族仲が悪いというわけでもないし、たまに三人一緒に食う飯は上手い。


「だっりい」


 そんなことを呟いて自室に入ると、カバンを放り出して、制服も脱がずにベッドに飛び込んだ。

 もうなんか全体的にだるい。何も考えたくない。

 あれだ、どうでもいいことを考えるのはここ最近、色々あって落ち着かないからだ。

 完全に乱されている。

 生き方とか、そういったものに遠慮なく土足で踏みにじられているようなそんな感覚。

 もちろん、赤月にそんな考えがないのはわかっている。それでも、彼女の俺との接し方はあまりにも近くて、今まで誰にも踏み込ませたことがない場所まで、気づかぬうちに踏み入られてしまいそうで、というか、もう踏み込まれていて、その存在が与える影響力が俺の生活を、立場を、在り様をかき乱す。


 心理的な距離を取るのがやっとで、それでも体は確かに触れ合っていて、油断をすれば心まで溶かされてしまいそうなほどに、赤月花蓮は近づいて来ている。


 会わなくてもつい頭の片隅に浮かんでしまう彼女の存在が、俺にとっては鬱陶しくて、どうにも気持ち悪くて、怖くて、それでもどうしてか嫌いにはなれない。


「本、カバンに入れちまうか」


 それまでの思考を打ち消すように立ち上がって、カバンの中に文庫サイズの本を六冊ほど入れる。


「よし」


 これで万が一にも明日、返し忘れるということはないだろう。


一仕事やり終えたことに満足して、そのまま制服から部屋着に着替えると、再びベッドに寝転んだ。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


本日、16時にもう一話投稿します。

ブクマ・応援・星、いつもありがとうございます。とても励みになっています。

自分で思っていたよりも読んでいただけているようで、とてもありがたく、この場を使って感謝させていただきたいです。

これからも、お付き合いいただけると幸いです。


高橋鳴海

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