第6話裏切りの音

「美晴、大丈夫?」

重い足取りで保健室から教室へと帰る美晴に友人である由真が声を掛ける。

「うん。大丈夫だよ。」

美晴が元気の無い声で答えると由真は微笑んで

「きっとサキ達も馬鹿な事やってるって気付いて辞めてくれる筈だよ。」

と口にする。ああ、由真は何も分かっていないんだなと美晴は思った。

この子は何も知らない。サキが、正美が加奈子が美香がどれだけ醜くて残虐な人間なのかということを。

「そうかなあ?そうだと良いけど…。」

「そうだよ…。きっとサキ達も成長してマトモになる筈。」

そう平然と口にする由真を見てどうしょうもない不安を覚える。

もしも自分のせいで明日美が、里沙が、奈央が、サキ達にイジメられたら…。

いや、この際裕太も一翔も義経も季長も例外ではないだろう。


「わたしね、サキ達にいじめられている時、明日美ちゃんと奈央ちゃん、里沙ちゃんが山崎君が庇ってくれたんだ。

その後山崎君のお兄さんである一翔さん、それに義経さんや季長さんにも会ったんだけど、みんながわたしの味方になってくれた。」

美晴があの時の事を語ると由真が

「有名人揃い、凄いね。そうやってみんなと友達になっていくんだね。きっとこれから仲良くなって友達関係になっていくんだよ。」

清々しい表情で口にする由真。やはり由真は何も分かっていないのだと。

美晴はギュッと拳を握り締めた。


「でもね、不安なんだ…。わたしのせいで明日美ちゃん達までターゲットになってしまったら…。」

美晴が不安を口にするが由真はそれを平然と笑い飛ばす。

「もう、相変わらず心配性ね。サキ達が男子をイジメられる筈ないでしょう?

それにあんただって山崎君達が味方になってくれてるんでしょう?なら大丈夫じゃない?」


サキ達は由真が考えているような甘い人なんかじゃない。

きっとサキ達は男子相手でも味方を募って平気でいじめ行為をする筈だ。

義経だって季長だってこちらの時代で外出する時は刀など持っておらず丸腰の状態。

おまけにサキ、正美、美香には兄がおり、その兄達は体格が良い上に学生時代は酷いいじめっ子だったという。

だからサキ達が裕太、一翔、義経、季長をイジメる事は容易い事なのだ。


「そうかなあ?だと良いな…。わたしのせいでターゲットになってしまったらあまりにも可哀想だから…。」

由真はそんな言葉を口にする美晴の肩に手を置きながら

「大丈夫だよ。もしもサキ達にやられようものなら私があんたもあんたの友達も必ず守るから。」

そんな由真に対して美晴はまた新たな不安を覚える。

由真までターゲットになってしまわないだろうかと。


そんな不安を抱えたまま教室に戻った。

「里沙って案外尻軽なんだね〜」

「だよね〜しかも股ゆるゆるだし。」

耳に入ってくるのは醜い言葉の数々。

「て言うか裕太ってなんでのうのうと学校に来れるんだろう?」

「分かる〜暴力最低男の癖によく学校来れるよね。しかも兄の一翔は人殺しだし、居候している義経と季長は罪もない人を拷問しては面白がるようなクソ男だし。」


それらの言葉を聞いた瞬間美晴の頭は真っ白になった。

とうとう恐れていた事態が起きてしまった。わたしのせいでこうなってしまったんだと…。


「里沙が売春をやっている」だとか「裕太は裏で女子に暴力を振るっている」、「義経、季長は罪もない人を拷問しては面白がっている」など酷い悪評を言いふらされているらしい。

犯人は間違いなくサキ達だ。それに噂好きなクラスメートの奈々、奈津、美絵が率先してその悪評を学年中に言いふらしていた。

クラスメート達は疑いもせずにその悪評をすんなりと信じ、誰も彼もが心無い言葉を平気で言う始末。


「マジで最悪過ぎ。アイツら全員纏めて死ねば良いのに。」

教室の何処からかそんな言葉が聞こえてくる。

黙って席に座っている里沙、明日美、奈央、裕太が気まずそうに俯いたきり。

ふと誰かが裕太に教科書を投げつけた。教科書は彼の頭に直撃し、裕太は痛そうに頭を押さえる。

そして教科書を彼に投げつけたらしい奈々が軽蔑の視線を裕太に向けた。

「暴力男は学校に来ないでちょうだい。」

そして次に美絵がクスクスと笑いながら

「アンタみたいな暴力男、マジでムカつくからさっさと死んでくれない?」

と口にする。それを聞いたクラスメート達は止めもせずに彼の事を嘲笑うのみ。


どうしよう…わたしのせいで…。

美晴は泣きそうになりながらただただその場に立ち尽くすだけでどうすれば良いのか分からなかった。


本当はそんなの嘘だよって言いたい。彼ら彼女らを庇ってあげたい。

でもクラスメート達は完全に悪評を信じ込んでおり何を言っても耳を傾けてはくれないだろう。

それに、この状況で言えば何をされるか分かったものじゃない。

美晴は、自分の弱さがただ恨めしかった。

自分は結局弱い人間だ。自分を庇ってくれた明日美を、里沙を、裕太を、奈央を、自分の話を聞いてくれた一翔を、義経を、季長を何一つ庇って挙げられない弱虫。

所詮ただの恩知らずなのだと。


「あんな奴らと付き合っている明日美と奈央も最悪じゃね?」

「分かる〜あの二人も死ねば良いのにね。」そう言ってクスクス嗤うクラスの女子二人。

すると徐に裕太が勢いよく立ち上がって女子二人に凄む。

「お前、兄さん達の、明日美の、杉野の、村田の何を知って悪口言ってんだよ!!!」

クラス中の視線が彼に集中する。するとサキが棚の上にあった本を裕太に投げつけた。

「暴力男は黙っててくれる?マジでキモいんだけど。」

サキが言ったのと同時に取り巻きの正美、加奈子、美香が口々に騒ぎ立てる。


「うるさいのよ、暴力男!!いちいちクールぶりやがってムカつくのよ。」

「両親が事故で死んだ孤児が偉そうな口聞かないでくれる?」

「て言うかあんたら4人揃って死ねば?生きてる価値ないでしょあんたらなんかに。」


そんな事を言われても尚裕太は抵抗せずにじっと我慢していた。

クラスメート達はそんな彼の様子を面白そうに眺めていた。

サキ達は優越感に浸った表情でそれを眺めている。


「辞めなよ、なんでそんな酷い事が言えるの?」

ふと誰かの声が聞こえてくる。由真だ。

廊下に立っている由真がサキ達に向かって言い放つ。

「美晴が、本山さんが、杉野さんが、村田さんが、山崎君が、一翔さんが、源さんが、竹崎さんが、あなたに何かした?

何もしていないでしょう?なのになんで…?」

由真の言葉に教室中が静まり返る。あのサキ達に逆らったのだからただじゃ済まないに違いない。

クラスメート達はサキ達を止める事もなく安全圏から高みの見物だ。


サキは由真に近づくと徐に彼女を突き飛ばした。

「…ッ!!」

突然突き飛ばされた由真は廊下の硬い床に尻もちをつく。その顔は痛みに歪んでいる。

床に尻もちをついている由真の耳元でサキがそっと囁く。

「ねえ、アンタもあいつらみたいにされたい?」 

その一言に由真は思わず首を横に振る。

そんな由真の反応を見てサキ達がクスリと笑うと

「ねえ、美晴と明日美に、奈央、里沙。それに裕太、一翔、義経に季長。アイツらってマジでムカつくよね?」

再びサキが耳元で囁いてくる。

「……。」

由真は何も答えない。するとサキがまた耳元で囁いてくる。

「アイツらってマジでムカつくよね…?」

サキの表情は底知れぬ不気味さと残酷さが含まれていた。


由真は感覚の消えかけた唇をそっと動かす。

「うん…そう…だね…。」

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