タイムスリップ勝利宣言!!

渡貫とゐち

エピソード:1/末来さん、猛追

第1話 隣の席の末来さん

 隣の席に座っている末来すえくるさんと話したことは、数えるほどしかない。

 去年の一年間、同じクラスだったにもかかわらず、だ。

 正直、これはぼくが悪い。


 彼女は積極的にぼくに話しかけてくれるのだけど、いつもぼくの方が返事に詰まってしまう。別に、難しいことを聞かれているわけではなくて、しなくてもいいような雑談程度のことだ。

 最近話題のアーティストのことだったり、昨日やっていたドラマのことだったり、内容よりも言葉を交わすことに重点を置いているような会話。


 たぶん、ぼくがなにを言っても、

 たとえ意見がすれ違おうとも、末来さんは気にしないだろう。


「へえ、そうなんだー」

 その一言で自然消滅していくものでしかない。


 彼女は、誰にでも分け隔てなく接する人だ。だからクラスで孤立気味なぼくにも話しかけてくれているのだと思う。だって、こんなつまらない話し相手は他にいない。

 わざわざ時間を割いてまで話しかける価値があるとは思えないのだから。


 ぼくだったら、ぼくには話しかけない。


 そもそも、自分どころか、他の人に話しかけることもないだろうけど。


 ともあれだ。彼女にとってぼくとの会話は数千ある中の一つだ。だけどぼくにとっては唯一になる他人との接触。これはぼくの悪い癖なのだけど、初歩中の初歩さえできていないのに、完璧を求めてしまう。


 会話一つの成否に、命でも懸かっているみたいに、失敗は許されないと身構えてしまう。

 加えて、圧倒的な経験のなさだ。


 それらが拍車をかけて、ぼくの言葉を詰まらせにくる。

 見えない圧迫と緊張感がぼくのコミュニケーション能力に蓋をしてしまっていた。


 いや、蓋以前に、中身もないのかもしれないけどね……。


 毎日、末来さんには悪いことをしたと思う。


 わざとじゃないにしろ、ぼくは彼女の挨拶に、ろくに反応もできなかったのだから。

 振ってくれた話題も、しばらく宙を彷徨って消えていく。


 彼女からすれば、終始無言のぼくは、印象がかなり悪いだろう。

 ぼくの反応に、怒っているのだろうか……だとしたら謝りたい……のだけど。


「…………」


 なんと言って、切り出せばいいのだろう。

 自分から話しかけたことがないから分からない。


「ん? どうしたの?」


 亜麻あま色のショートヘアが揺れて、視線に気付いた末来さんがぼくを見る。

 顔に薄い化粧をして、制服をいじっているらしく、スカートが極端に短い。


 白いワイシャツから透けて見える黒い下着は、狙っているのか無自覚なのか分からない。

 これがオシャレだと言われたら、これはこれでありだと思ってしまう。


 だらしなく見えたり、常識を疑うような奇抜なデザインが評価されたり、

 それが可愛いと言われたりする世界は、ぼくから最も遠い世界のことなので理解はできないが、それでも否定はしたくない。


 理解できないから、で否定してしまうと、ぼくは他人から同じ対象になる。

 自分の首を絞めることはしたくない。


「わたしの顔になにかついてる?」


 ぼくの視線を訝しんで、末来さんが手鏡で確認していた。

 けど、そうじゃない。


 そうじゃないんだけど、それを言ってもいいなら、なにもついていないけど、

 それが気にならなかったと言えば、嘘になる。


 結構、はっきりと違いがあるものだけど、周りのクラスメイトは気付いていないらしい。

 末来さんには、目元に大きな泣きぼくろがある……はずなんだけど。


 目の前にいる彼女には、あるはずの泣きぼくろが、なかったのだ。


 取れるものだと言われたらそれまでだけど、ぼくからすれば取り付けができる可能性を疑うよりもまず、別人であることを疑う。


 見た目は末来さんだけど、末来さんじゃない。

 少なくとも、ぼくが毎日見てきた彼女ではないのだ。


「……………………誰?」


 絞り出したぼくの言葉に、彼女が反応した。

 否定をせずに、目を細めて微笑んだのだ。


「誰だと思う?」


 ぼくが戸惑っている姿を見て、楽しんでいるような言い方だった。

 そんな姿だけを見れば、いつも通りの末来さんにも見えるけど……やっぱり違う。


 これだ、と言えるような証拠はない。

 感覚的な話になってしまうが、こうして隣にいて話している空気感が、彼女のそれなのだ。

 強いて言えば、ほんの少しの違いしかない。


 誰かが彼女のフリをしている……としたら、空気感までは再現できないだろう。

 仮にできたとしたら、泣きぼくろを忘れるなんてミスしないはず……。

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