第18話 学習せよ

 2F、娯楽エリアに辿り着いたウリアは現在、交戦中だった。


 敵はカオスグループ。

 確認しただけで、二体ほどが近くに潜んでいる。


 騒音が響くゲームセンターの筐体に隠れて、

 ウリアは片目だけを外へ出し、辺りを確認する。


 耳は騒音のせいで上手く機能していない。

 頼りの目を使うが、視界が狭いために、敵の位置など見破れない。


 加えて、彼女の手にはなにもなかった。


 腰に巻き付けた円筒と、新しく仕入れた数本の矢だけだ。


 彼女の武器である弓矢『ウイスタリア』の姿は、どこにもなかった。



「まったくもう……っ、出会い頭に武器を奪われるなんて、ハンターとして最悪よ……」


 レベル・ブラックに属する【トップクラス】と呼ばれるメンバーのハンターなら、武器などなくともバケモノと拮抗できる力を持つが、ウリアは武器がなくては戦えないエリートである。


 余裕そうに見えて、ウリアは内心、焦っていた。

 攻撃も防御もできず、敵の攻撃を回避するだけ。

 一瞬でも油断し、相手の攻撃を喰らえば、それだけで小さな命はあっさりと削り取られる。


 まったく気を抜くことができない緊張感の中で、数十分が既に過ぎている。

 精神的な疲労だけが、じわじわと体に溜まってきていた。


 嫌な汗が流れる。

 ぴちゃん、と手をついた地面に跳ねている。


「…………っ」


 瞬きをする回数が多くなってきた。目に頼り切っているために、一瞬の暗闇も命取りになる。

 できるだけ瞬きをしないようにするが、続けるだけポテンシャルは下がっていく。


 最初の勢いはなくなり、ウリアの表情はなにもしていなくとも苦痛に歪んでくる。


(……どうして? なんでまったく、動きがないの?)


 目では見えない。しかし気配は感じられる。

 敵意も殺意も、ウリアに向いている。


 なのに、攻撃してこない。

 まったく、動きが見られない。


(この停滞状況を狙って、続けているとでも言うの……!?)


 仕掛けられた、がまん比べ。圧倒的にウリアが不利である。

 カオスグループは二体——、

 向こうに協力する意思がなくとも、がまんが切れたウリアが飛び出せば、向かってくる一体の攻撃は防げても、おこぼれを狙うもう一体の攻撃は防げない。


 手ぶらなので防ぐことはできないのだが。


 避けるのだって、成功と失敗は紙一重だ。


(力押しのパワー系だと思っていたのに……! いやらしい戦いを――)


 ウリアは無意識に、筐体から少しだけ体を出してしまっていた。

 がまん比べは今のところ劣勢だ。

 小さく飛び出した手の指先、人差し指と中指の間の隙間に――、


 ひうんッ、と、


 矢が突き刺さる。


「――!?」


 地面に突き刺さる矢に気づいて、慌てて手を引っ込める。追撃を警戒して、並ぶ筐体の端から端まで移動する。壁として使っている筐体の裏側に、矢が突き刺さった鈍い音——。


 そして、連続する音。


 筐体が破壊されるとは思えないが、もう一体のカオスグループに裏側……つまりウリア側に回られたら、絶体絶命だ。


 現状の維持にメリットはないと判断し、視界が開ける場所へ、ウリアは飛び出した。


 矢が飛んでくるが、先読みして放つ、という技術までは習得していないカオスグループの攻撃は、ウリアに当たることはない。

 内心で助かったと安堵の息を吐いて、ウリアはゲームセンターから脱出する。


 とは言え、なにかが変わったわけでもない。


 どちらかと言えば、状況は悪化したと言ってもいい。


 視界が晴れた場所——、防御に使えるのは柱と、子供が遊ぶためのクッションになる素材のアスレチックだ。バケモノの力で放たれた矢は、簡単に障害を突き破るはず……。


(どうしよう……ほんとにどうしよう!?)


 殺意が自分を狙っていることは、さっきから常に感じている。

 止まれば、矢はウリアを射抜くだろう。

 だから止まれない、絶対に。

 止まった時は、攻撃か、防御ができる手段を得た時だけだ。


 子供用、と言った割りには大きく作られているアスレチックの中を通り抜けながら進む。

 娯楽フロアなので、ウリアが求めるような武器はない。

 子供が多くいる場所なので、危険なものは置いていないのだろう。


 すると、瞬間。


 ウリアの前方の地面に、矢が突き刺さる。


(先読みされた!?)


 攻撃はぎりぎり、ウリアに命中しなかった。しかし、カオスグループの行動に驚く。やはりマルクが言っていた『戦う度にやりづらくなってくる』というカオスグループの特性は、『戦っている内に学習をするから』だろう。


 弓矢などに限らず、彼らは武器など使わない。

 けれどもウリアの戦いを見て、弓矢という道具を知り、使い方を習得した。


 走っている獲物に当たらない矢に疑問を持ち、じゃあどうすればいいのかを考え、これから走り抜けるだろう場所へ放てばいいのだろう――と、答えを出した。


 実際に行動し、実現させた。


 カオスグループは一歩ずつ、一段ずつ、成長している。


 戦闘センスが磨かれていく。


 その技術は周りのカオスグループも、同じように習得していくのだ。


(手の内を見せれば見せるほど、動きを奪われていく……! 

 そっくりそのまま習得されるから、まるで自分を相手しているみたいにっっ!!)


 元がバケモノなので、単純に、技術が足される。

 なのでウリアとまったく同じ実力ではない。カオスグループの方が何倍も強い。


 ウリアよりも強いバケモノであるカオスグループが、一方的に成長するのはずるい! と、ウリアは素直に思う。


 そして同時に、まずい、とも思う。


 本格的に打開策が思いつかない。


 逃げ惑うだけで、時間は進むが、展開は膠着状態だ。

 いずれ、あらゆる技術を得たカオスグループが、ウリアを仕留めるだろう。

 その頃には、逃げ惑うウリアは、へとへとになっているはずだ。


(助けを呼ぶのは……ダメね。マルクならともかく、ユキノに知られたら死にたくなる)


 強気で、カオスグループを倒してくると宣言して別れたのだ。

 それなのに助けてくれと泣きつけるわけがなかった。


 バケモノのことは、殺したいほどに憎い――そう思っていた。


 だが、ギンとの出会いで、少しは気持ちの整理がついた。


 ウリアが狙うのは、自分の両親を殺したバケモノだけだ。


 それ以外に、必要以上の殺意や敵意は向けない。


 今回は、このアクア99を襲い、多くの人の命を奪ったバケモノの――駆除だ。


 冷静なウリアは、命を投げるような無謀な行動はしない。


「でも、少しくらい無謀なことでもしなくちゃ、この状況、どうしようもないわよね!」


 言葉と共に体も跳ねる。


 アスレチックゾーンも終わりが見える。

 抜けたウリアは、グッズエリアを見つけるが、障害物になるとは思えなかった。

 ぬいぐるみが数多く置かれているが、矢を防げるとは思えない。


 いや、すぐに防ぐことを考えてはダメだ。

 ウリアが現状を打破するためには、攻撃に転じなければいけない。

 どこかで、ウリアを狙うカオスグループの目を眩ませる、なにかを――。


「……え?」


 その時、ウリアの視線が人型の物体を捉える。

 逃げ遅れた人がまだいたのだろうか。最悪な状況の、さらに最悪な状況だ、と素直な感想を抱いたが、確認すれば、逃げ遅れた住人ではなかった。


 非力な意味では、避難民と同じ扱いではあるが。

 ウリアにとって、彼女は知り合いだったのだ。


 知り合いよりも、家族同然。

 ウリアをママと呼ぶ、一人の少女だった。



「――ブルゥ!?」


「マ……マ……? ダメッ! こっちにきちゃダメっ!」


 ブルゥの必死の言葉に、ウリアは思わず足を止める。

 不幸にも、それが原因と言えるだろう。


 避けられたはずの攻撃が、ウリアへ直撃するという結果を招く。



 ……どすっ! と。


 カオスグループが放った矢が、ウリアの背中を突き刺した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る