第12話 襲撃
「こ、こわかったぁ……」
数分前。
ブルゥはくたくたに歩き疲れたため、ショッピングモール内のベンチに座って、一休みを入れていた。ついさっき、ベレー帽を被った大人の女性に声をかけられて、自分の絵を描かれていた。じっと座っているだけだが、矢継ぎ早に彼女が話しかけてくるので、うんと疲れた。
しかもべたべたと触ってくるし、じっとして、と言われていても、そのせいで動いてしまうのだけど、それはいいのだろうか。
数分だが、耐えた結果、描かれた絵を見せられたのだが、抽象的過ぎてブルゥには理解できなかった。しかも配色が暗色ばかりで、不気味な絵だった。
ずっと見ていたら、夜眠れなくなりそうだったので、お礼を一言言って、すぐに逃げた。
あんな絵を見せられたら、一人でいるのが怖くなってしまう。
ベレー帽の彼女のことは、どちらかと言えば話す内容が面白いので好きなのだけど。
「……わぁっ!」
見るもの全てが新鮮なブルゥの興味は、すぐに新しいものへ移った。
描かれた絵が怖かったことなど既に忘れている。
ベンチから離れ、人の流れに乗ってエスカレーターに乗り――、辿り着いた場所は2F娯楽フロアだった。
体験型のアトラクションや、カードゲームなど、多くの人たちが楽しんでいる姿が見えた。
比率で言えば、子供が多い。ブルゥと同じくらいの子がたくさん見えた。
ブルゥだって、まだ子供なのだ。
楽しそうな風景を見せられたら、そっちについついいってしまうのは仕方がない。
「あ……」
だが、ブルゥは足を止めた。
同じ年代の子に見つからないように、楽しそうなこの光景から逃れる。体験型アトラクションゲームや、子供たちのはしゃぐ声から遠ざかり、ブルゥは人通りが少ない通路に出た。
熊のキャラクターぬいぐるみなどが置いてある店の前へ。
店内には店員さんがいるが、客は一人もいなかった。
自分と同じくらいの大きさのぬいぐるみ……その膨らんだお腹を指先でつつき、
「……みんな、楽しそうだったなあ。
いいなあ、わたしもいきたいなぁ。ギンと、ママと一緒に、あの中に入りたいなあ」
ブルゥが見たのは、はしゃぐ子供と、隣で一緒になって楽しんでいる父親、母親の姿だった。
一人でいっても、もちろん楽しむことができる。
……ある一定のところまでは。
だが、そこから先は、隣にいる人によって効果が変わってくる。
ギンだから。
ウリアだから。
他の誰かでは代用できない『楽しい』が、ここには詰まっている。
いま、一人でいって楽しんでも満足しない。
だったら。
二人を連れてまたこようと、ブルゥは決めた。
―― ――
ブルゥは、『アンドロイド』と呼ばれるバケモノである。
バケモノの中でも最強種であり、ハンターとしての言い方をするのならば、『特位』に属される。ウリアやユキノ、マルクでは到底、太刀打ちできない戦力を保有している。
だが、今のブルゥは卵から孵ったばかりの子供とは言え、そうでなかったとしても、力がなさ過ぎた。なぜかと言えば、彼女の中にある人間の心臓と隣合った場所にある『アンドロイドの核』が、存在しないからだ。
ギン、ウリア、竜巻に囲まれた島——【王国】に棲むバケモノの【
核だけが破壊されたので、人間の心臓は今もまだブルゥの中にある。
つまり、彼女はアンドロイドでありながら、アンドロイドの力を失っている――。
今はただの人間の子供で、女の子である。
―― ――
「え」
通路を進んでいると、地面が微かに揺れていることに気づく。
力を失っても元からあった野生の感覚は抜けていない。
揺れに気づけば、ぼろぼろと崩れるように他の変化にも気づく。
――どしん、どしん、と、鈍い音が連続していた。
音の発生源は近い。ブルゥは感覚に頼って、違和感を探るために足を進めた。
曲がり角。
十字の通路が先にある。
右に折れている道の先は、もちろんここからでは見えない。
足早に駆けて曲がったブルゥは、どすん、と顔をぶつけて尻もちをついてしまう。
「い、ったぁ……!」
はっとして、咄嗟にごめんなさいと謝ろうと目を開けたら、目の前の視界が遮られていた。
壁、ではない。
緑色の、嫌悪感を生み出す不気味な質感だった。
視界を埋めるほど、大きな存在なのだと気づく。
息遣い。生温かい吐息が、ブルゥの顔を撫でる。
滴る水滴が地面に落ちた途端に、じゅわっと煙を上げる。
地面が凹み、変形している――。
「…………」
ブルゥは黙って、ゆっくりと後ろへ下がった。
見えてくるのは大きな牙だ。それが扇のように並んでいる。
前に長く伸びた口。後ろに下がって見えてきた、爬虫類のような瞳が、ブルゥを見下す。
ぞくっと、野生の感覚が危険信号を発した。
従ったブルゥは、跳ねるように後退する。
その判断が功を奏し、ブルゥの体は今もまだきちんとそこにある。
目の前にいる存在は、大口を開けて今まさにブルゥに噛みつこうと顎を前に出していたのだ。
勢い良く口を開けて、対象を噛み砕こうと口を閉じた結果の感覚は、空振りだった。
はてなマークを浮かべる目の前の存在は、自分の一撃を避けられたことに遅れて気づく。
遠くにいたブルゥでも分かった。
今、相手の中でなにかが切れた、ということに。
顎を上げて口を最大まで開く。
鋭い牙が恐怖を呼び寄せてくる。
そして、前足を上げて体の半分を浮かせた緑色の……、まるで
『カオス・グループ』
まずは特攻隊長が一体、激しく暴れ回ろうとしていた。
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