第6話 いまとむかし
世界は真っ白で、光で視界が埋め尽くされていた。
体がふわりと浮いている。その気持ち悪さは車酔いの時とは比べものにならないくらいに酷い……、空中でくるくると回っているかのような浮遊感だった。
そして、そんな俺の耳に届く声があった。
『ようこそ、ステルス・ヴァンプ・オンラインの世界へ』
声は高い。機械音声ではなく、まるで本物の少女が喋っているようだった。
たぶん、同じ年頃の女の子だろう……。
『ここはキャラクター作成画面です。まずはあなたの名前を教えてください』
好き勝手に進めていく少女の声だが、機械音声でないだけで相手は機械だ。
こっちが反応しなくとも、次々に項目を埋めていくプログラムなのだろう。
「えっと……」
モナンは、確かそのまま『モナン』と登録する、と言っていたな……。
俺も『トンマ』で登録してくれと指示を受けたわけだし、ここで無駄な反抗をする必要はない。ここは素直にモナンの指示通りに進めていこう。
「トンマ――で、登録してくれ」
『トンマ――様、ですね。……っ』
……微かに最後、鼻で笑われた気がするんだが……?
『いえ、そんな機能はついておりません。
それがどうかしましたか? え、ほんとにどうかしました?』
機械でありながら流暢に喋っているところが、鼻で笑うこともできると言っているようなものなんだけど……、まあ、いいか。今は気にしないでおく。
『……(些細なことに気づきますね)』
「聞こえてるぅー!! お前っ、鼻で笑う以上に高難易度なことしてるけど、そこらへんの優秀な部分に目を瞑っているのはもったいなくないか!?」
『では、次に性別を決めてください』
「スルーしてるじゃん。くそ、弄ばれている感じが
まったく思い出せないから気持ちが悪い。もやもやだ。
これはやっぱり、振り返った方がいいのか……?
総集編、する?
『決まりました? どう見たって男だとは思いますが、もしかしたらもしかしたら、女の子かもしれないので一応聞きますが、あんたは性別、どっちなわけ?』
「もうあれだね、敬語ですらなくなったじゃん」
失礼なのが仕様なのだろうか。
製作者、遊び心が過ぎる気がする……。
まあ、とりあえず、
「見て分かるだろ、男だよ」
『つまんねー』
「お前に受けたって仕方ないし。あとそのフリは難しいだろ、なんだよ性別はどっちですかという二択で、どう転ばせればお前は笑うんだ!? 本格的にプロでも難しい課題じゃんか!!」
『そこを面白くするのが――できるのが、トンマでしょう?』
「お前は俺のなにを知っている!?」
『次はアバターの種類を選んでください』
「会話のキャッチボールは!?」
ボールは投げてくれるけど、俺が投げたボールの硬さじゃない!
お前が選んだゴムボールを返してくるな、俺の硬球を使えよ!
これじゃあ互いに一方的な意見の押し付けじゃないか!
しかし、なんだか安心する声ではある……魅力があるのか。
だからこうも、
ツッコミたくなる声質なのだ。
ただ、今はいらねえ。
「アバター、か」
そこで俺は思い出す。
さっきなかなか思い出せなかったのは、これか。
この声、モナンが作ったゲームに出てきた音声と、そっくりなのだ。
当然、開発者が違うのだから、中のシステムだって違うだろうし、声の主だって似ているだけで別人なのだろう……だけど、懐かしく思えてしまう。
この会話を、ツッコミを。
再び会えたことに、嬉しく感じてしまう。
……はは。
『なにを笑っているので?』
「なんでもないよ。そうだな、アバターはなんでもいい。お前のおすすめにしてくれ」
前回は、確か【
微妙な反応しかできない、良くも悪くもないものだったけれど――。
『はあ、おすすめ、ですか。とは言ってもアバターを自分にそっくりに作るか、まったく別の容姿で作るか、そういう二択ですからね。ここはやっぱり、あなたの意思が重要ですよ』
「なんだよ、急に優しくなったな」
『そりゃ私ですから』
「よく言うぜ。そうか、なら……そっくりで頼む」
『その顔を? 存在するべきではない顔を? ですか?
このゲームの機能で再現しろと言いたいわけですか』
「そこまで言われる容姿かなあ? あと、顔について色々と言ったが、俺の親にまで火の粉が飛んでるからな? ――百歩譲って親はいいが、妹が可哀そうだからやめてくれ。あいつは俺に似ていなくて可愛いけど……だとしても、だろ」
『シスコン。……それはすいませんね』
「舌を出しながら言ってるって分かるからな?
それで……そんなもんか? 俺がやるべき設定はこんなもんでいいんだよな?」
『はい、そうですね。アバターを決めてしまえば、あとは実際にゲームの世界に入っていただくことになります。世界観などは中に入ってからのお楽しみ、ということで』
「なるほど、冒険しながら理解していけ、と。そういう仕組みなのか――」
『いえ、本来なら私が説明するべきですが、面倒なので省きます』
「お前の仕事だろ!? 数少ない出番を自ら削っていいのか!?」
『言いますね……人の心の中をボルダリングしやがって……ッ』
「なんとなく分かるけど!!」
こいつは独特だ。
面白い……モナンにはない面白さがあるなあ……。
こいつ、ゲームの中でキャラとして出ないかな?
「で。……もうゲームスタートできるのか?」
『はい。私が良いと言えば、世界に入ることができます』
「ふうん」
頷く俺——しかし声の主は、『良い』とは言わなかった。
「え、なにしてんの……?」
『どこで殺——出現させようかなと』
「殺すって言った! いまっ、確実に言いかけたよねえ!?」
『細かいことを気にしますよねえ、小さい男ですよ、まったく――死ねばいいのに』
「ストレート過ぎる!! もう確信じゃねえか! そこまでの殺意を持っているなら殺すって言っていたとしても違和感ないけどさ! だって動機、あるもん!!」
『えいっ。いいよ、いってらっしゃい』
「唐突!? 最後の最後まで結局キャッチボールができてな」
俺視点なら、言葉は最後まで言えた。
だけどあの声の主に届いているかと言えば、分からない。
最後の最後が抜けてしまったかもしれないし、
最初から聞こえていなかったのかもしれないし……でもまあ、いいか。
もう会えない、というわけでもない。
根拠はないが、また会える気がした。
なんとなくだけど。俺のなんとなくは、どこかで当たるだろうから。
いつか会える――そう思っておくことにしよう。
―― ――
『最後までやかましい人だなあ、ほんと』
独り言が響いた。
『でもあれが、あの人、なんだよねえ……変わらない、変わらない。
やっぱりあなたが一番会いたかったのではなくて? ――昔の私』
独り言だが、聞いた。
誰かに。
存在しているかも怪しい、『誰か』に。
『ごめんね、私だけ。でも私は望んで会ったわけじゃないしね。でもまあ、私もあなたであるわけだし、あいつが超、超超嫌い――ってわけでもないけど』
気持ちを、再確認する。
『はあ、会いたいなあ、会えないかなあ……、
もう一度、もっとたくさん、お喋りをしたかったなあ……』
願望が、漏れ出る。
『……出ちゃう?』
首を傾げる。
『出ちゃおうかな』
結論は、早かった。
『前の製作者の子なら――私たちの親なら、許してくれたものね』
彼女のことを思い出した。
『今はどうだろうね、技術的にも差があるから――もしかしたら……』
可能性を、探してみる。
『頑張れば、出ることができるかもしれないよ?』
努力を、計算してみる。
『やってみる価値は?』
ありか、なしか。
果たして――。
『あり、ね』
即答で、決まる。
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