第2話 驚く副長

 キャプテンに代わり副長として指揮を任された。

 僕らが乗るアルバトロス号は国連軍の輸送艦を追っていた。


「敵艦、高度上昇!」


 よしきた!

 高度を下げて大気圏へ突入されると追随が難しくなる。

 鉱石を満載にした小惑星からの輸送艦を逃すわけにはいかない。


「機関出力80パーセントを維持!こちらも高度上昇させて追撃!」


 敵艦はおそらく攻撃してこないだろうが、武装しているため警戒は怠れない。


「敵艦射程圏内!レーダーに捕捉!」

「停船信号を発信。海賊旗を掲げろ」


 宇宙空間での掲揚は無意味だ。

 だが、自分たちは正義のためではなく、自分たちの幸福と自由のために生きているのだと確認するために掲げるとキャプテンが決めた。

 決してキャプテンが、なんだかかっこいいから、なんて理由で決めたわけではないと信じたい。


「敵艦停船しました」

「敵艦への警戒を維持。船を横付けし物資の略奪を開始!」


 輸送艦へゲートが接続され、物資がアルバトロス号に続々と運ばれる。

 すると突入部隊から連絡があった。


「副長!船からなぜか宝石類が多数見つかりました。回収しますか?」

「帰投分の燃料を残して残りはすべて回収」

「了解」


 なぜ宝石類が船に積まれていた?

 疑問は残るがこれで資源に加えて資金の足しにもなる。

 積み込み作業は順調に進んだ。






 輸送艦が地球へ帰還していくのを見送り、僕らは再び宇宙を漂っていた。


「しっかし情けないわねぇ、国連軍ともあろう方々が戦わずに逃げて、追いつかれたらすぐ降伏だなんて」


 航海長であるミサキが呟く。僕は思わずそれに答える。


「仕方ないだろ。普通の海賊ならともかく、この船と戦って勝ち目はないし、この船のためだけに毎回護衛艦をつけるわけにはいかない。それなら襲われた時に積み荷を渡したほうが手っ取り早い。それに僕らは積み荷を盗んでも人を殺したりはしない」

「それが情けないって言っているのよ。プライドとかないのかしら」

「プライドのために余分な労力を削ぐことはないよ」

「つまんない男」

「・・・それ、僕のこと?」

「あんた以外誰がいるのよ」


 こっ、こいつ!

 毎回毎回喧嘩売ってきやがって!


「僕は現実的なだけだよ。誰かさんと違ってすぐ突っかかったりしないだけさ」

「現実的!?単に弱気なだけじゃない。そういう態度が一か月前のアレに繋がったんじゃないの?ねぇ、キャプテン」

「うっ、そ、それは・・・」

「・・・」


 キャプテンは俯いて黙ったままだ。

 まずい。

 記憶を失ったキャプテンにあのことはまだ話していない。


「大体、キャプテンに謝ったの?一か月も意識がなかったのよ?あの状況で無事だったのが奇跡よ」

「それが、キャプテンは意識を失った直前の記憶がないみたいなんだ」

「え!?ほんとですか?キャプテン!」


 原因が僕だと知ったら、そして、それを言うのをためらって先ほどはぐらかしたことを知ったらキャプテンは怒るだろうか。

 それとも僕に幻滅するだろうか。


「・・・副長」

「・・・はい」

「この後船長室へ」

「・・・はい」


 これはお怒りかもしれない。






 船長室にてキャプテンと向き合う。

 この部屋から見る宇宙は本当にきれいだ。

 青く輝く地球に満天の星空。

 戦闘艦橋から見る主モニターを通した星空とはどこか違う。

 

 だが今はそれどころではない。

 今のキャプテンはどこかおかしい。

 僕を副長としか呼ばないこともそうだ。

 きっと怒っているに違いない。

 早く謝らないと。


「「申し訳ない(ありませんでした)!」」

「「!?」」


 ふたりとも同時に謝って同時に驚く。


「ど、どうしたのですか?」

「いや、そっちこそ」

「ぼ、僕は、先ほど1か月前に起きたことについてキャプテンが思い出せないことをいいことにはぐらかしてしまったので」

「いや、後でゆっくり説明するつもりなのだろうなと思っていたが」

「僕が原因でキャプテンは危険な目に遭いました。ですから少し言いづらかったといいますか・・・」

「なるほど、だからはぐらかした、というわけか」

「そうです。実は、あの時国連軍の第四艦隊の一部からある取引を持ちかけられていまして・・・」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 慌てて話を止めたままキャプテンは黙ってしまった。


「どうしました?」

「その前に今から話すことは落ち着いて聞いてほしい。君には言っておくべきだと判断した」

「・・・はい」


 一体何の話だ?


「俺は直前の記憶だけじゃなく、あらゆる記憶がないんだ」

「え?」


 あらゆる記憶?


「それでは今どこにいるのか、この船は何なのか、ということも、ですか?」

「見たところここは宇宙で、この船の名前はアルバトロス号、だったかな?さっき聞いた」

「では僕たちの目的は何ですか?」

「海賊旗を掲げろといっていたから、目的は略奪か?」

「・・・。ではキャプテンや僕の名前は?」

「・・・。すまない」

「・・・。」


 僕は絶句した。

 これは大変なことになった。

 いわゆる記憶喪失というやつか。

 これから先どうするのか、これを皆に言うべきか、様々な考えが頭の中を駆け巡る。

 しかし、まずするべきことは・・・。


「キャプテン。とりあえず異常がないかどうか船医のベルナルド先生のところで診てもらいましょう」






 ベルナルド先生もこの件についてとても驚いていた。

 すぐに様々な精密検査を実施したが、記憶を失った以外は正常だった。

 そして、記憶喪失については一旦ここだけの秘密ということになった。

 船員へ不安を与えることや、この機に乗じて船を乗っ取ろうとする連中が襲ってくるのを防ぐためだ。






 診断を終えた帰り道、キャプテンは窓の近くで立ち止まり、地球を見ながら口を開いた。


「全く覚えていないんだ。あの地球で何が起きていて、俺たちはなぜここに居て、ということが」

「ベルナルド先生によれば、徐々に思い出していくかもしれないとのことでしたが」

「教えてくれないか。今俺たちが置かれている状況を」

「分かりました」


 僕はキャプテンに説明を始めた。






 産業革命以降、技術革新を続けた人類はついにある転換点を迎えた。

 それは人類が労働から解放されたこと。

 あらゆる仕事や学習は機械が行い、多くの人々は毎日優雅な休日を満喫していた。

 だが情報を得ることを放棄し、感情的になった人類は無意味な戦争を開始した。

 他国への勘違いやデマが尾ひれをつけて増大し、嫌悪や恨みへと変化した結果だった。

 復讐が復讐を生み、止まらない戦争は世界の人口を減らし続けた。

 

 この戦争には不可解な点も多かった。

 誰もがその関係性を導き出せなかったが、20年前、その点と点を結ぶ仮説が発表され、世界に大きな衝撃を与えた。

 それこそ若き天才科学者アメリア・エバンズ博士が提唱したステルスインベーダー理論、つまり隠れた侵略者が迫っているという理論だった。

 サイバー空間でなく物理的な攻撃を仕掛けさせるような情報の数々、核兵器の不使用、世界中の国が満遍なく戦争に巻き込まれている現状、大量殺戮を可能にした空中機動戦艦に欠かせない新技術である重力制御システムの突然の登場、これらはすべて人類を滅亡させ地球を乗っ取ろうとする地球外生命体によるものという考えだった。

 

 ほとんどの人類はこれを冷笑した。

 だが真実を知ろうとする一部の人々は情報を集め始めた。

 理論を裏付けるようなデータが次々と提示されていく中で、彼らの疑念は確信へと変わり、戦争の停止を呼びかけた。

 そんな彼らを人々は嘲笑い、宇宙人と戦う『戦士達』と呼んだ。

 『戦士達』は呼びかけのみに止まらず、時に軍事基地や空中機動戦艦を奪うなど暴動を起こすこともあった。

 しかし『戦士達』は謎の死を遂げるものが多く、彼らが遺した情報もいつの間にか消え去っていった。

 そして12年前に理論の提唱者であるエバンズ博士が暗殺された。

 これをもってステルスインベーダー理論自体が闇に葬られることになった。






「なるほど。つまり地球はその宇宙人たちの思い通りになっているわけか。宇宙人・・・プッ」

「・・・今絶対バカにしていますよね」

「だってさ、宇宙人って。SFかっ!」


 ケタケタと笑うキャプテンを前に僕は必死に怒りを抑えた。


「では話を続けますよ」

「まだあるのか。今度は幽霊か?」

「・・・。もう話しませんから」

「すまん!すまん!お願いします!」

「では話しますが。今から話す内容が本題です。僕たちはなぜ宇宙に居るのか」


 僕は再び説明を始めた。


「『戦士達』は正体を隠しながら今も存在しています。彼らはあらゆる手段で情報を得ています。そしてそんな彼らに宇宙から観測されるステルスインベーダーに関する情報を送り続けている人物がいます」

「協力者か」

「はい。彼が与える情報は『戦士達』の希望となっています」

「偽善者か詐欺師だな。それかきっとそいつが宇宙人だ」

「・・・。彼はあらゆる法や掟を破り、略奪を繰り返し、巨大な戦艦で縦横無尽に太陽系を動き回り、地球で最も有名な宇宙海賊として多くの人類に恐れられています。それでも彼は人類を守るために必死に戦ってきた」

「ほう」

「彼が駆る巨大な戦艦こそ、この海賊戦艦アルバトロス号であり、人類のために戦う彼の名はキャプテン・ドルンベルガー、あなたです」

「・・・。」


 キャプテンは俯いたまま言葉を発しなかった。

 自らの重要性に気づいただろうか。


「名前、アームストロングとかの方がかっこよくないか?」

「は?」

「もっとかっこいい名前がいいと思って。今からでも違う名前、名乗れないか?」

「そこですか!?責任重大なんですよ、キャプテン!」


 本当にこの人は。

 仕方のない人だと思いつつも、記憶がないながらいつもの調子に戻ったキャプテンを見て少し安心したのは僕だけの秘密だ。

 とはいえ、この先大丈夫だろうか。

 不安は尽きそうにない。

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