【FGA:1】私立椿ヶ丘高校


私立椿ヶ丘つばきがおか高等学校。


 今年で創立10周年を迎えるこの高校は東京23区の一等地に東京ドーム3個分という広大な敷地面積を持ち、その広い校内にはサッカーコートや陸上レーンを備えたグラウンド場、三棟に及ぶ大型体育館や室内外共に併設されたプール、武道場、剣道場、弓道場……etcなどといった多様な設備を誇り、終いには生徒の日々の学校生活の"ニーズ"を叶えるためという名目でオシャレなカフェテリアやちょっとした緑地公園までもが併設されている私立校である。


故に。


 言うまでもないような気もするが高校受験を控える中学生たちにはそれはもう人気も人気で新米高でありながら年々倍率と偏差値が上がっており(もっぱら中学生たちの間では制服もカワイイとの噂もアリ)、今や総生徒数も軽々1000を超えるマンモス高としても全国に名を馳せている。


そして。


 特筆すべきは魅力的な施設だけではない事を追記しておこう。

 それはこの私立校、校風として生徒の"自主性"と"自由"を謳っているもんだから自由を束縛する校則というものが無い。


いや。


 厳密に言えばは無いのだが(もちろん最低限のルールはある。服を着るとか)、唯一、校則と呼べるものは校内では上靴を履く事、その一点のみであるのだから驚きだろう。

 それに制服はあるが私服登校でも可、なんて言うものだから校内ではそれはもうオシャレする事をポリシーにしている様な生徒たちが派手な服で来るのである種のファッションショーも垣間見れる始末である。


さて。


 自由奔放で中々フリーダムなこの私立校ではあるがもう一つ、この学校を語るときに絶対に外せない話題ワードがある。


それは────




 初夏の心地よい涼風が青い草木を撫でながらやってくるもんだから──少し休もうとムンムンと熱気のこもった暑苦しい体育館から這い出るように脱出してきた青年は笑みを溢せざるを得なかった。


あぁ、夏が近い──。


 なんて少し風情のある事を思いながら体育館ハジ、石畳の階段に腰掛け一口、スポーツドリンクを口に含む。

 抜けた身体の水分と塩分を文字通り、五臓六腑に染み渡らせるとその青年は今度は一息、ため息をついた。


夏が近い。


 今度の青年に夏を楽しむ様な笑顔は無かった。

理由は明白にして単純。

彼は今夏────



「向こうでもちゃんとやってけるかな………」



 自然と眼前にもやもやと沸き立つ暗闇に不安の声が出る。


ジジジジジ………


 そんな不安なんて気にすんなよと言いたげな蝉の声が尚更彼の心中をかき混ぜる。

 今の彼の心中は様々な想いと考えでごった返し、さながら夏も近いんで──台風な様な心中であった。


 涼風が吹く。

 滴る汗をタオルで拭き取りつつスポーツドリンクのペットボトルから落ちる雫を見る。

 ぽたり、ぽたりと垂れていくその球体に『あぁ、まるでこの先の自分の様だ』と心の中の不安が青年に告げ口をし、再び青年は言われもない不安を覚える。


彼はもはやその負のスパイラルから抜け出せな────



「よーライト! こんなとこに居たのかよ! 探したぜ全く…」



 青年──ライト、神戸かみと 雷人ライトの右後方から声が快活な声がかかる。


 雷人が振り向くと雷人の倍以上の汗を滴らせながらもその表情に一切の暗さを感じさせない満面の笑みを兼ね備えた青年が立っていた。



「ア、亜蓮アレンくん……!」



雷人の声に明るさが灯る。


 アレンと呼ばれたその青年は雷人の真隣に腰掛けると片手に持っている雷人と同じ銘柄のスポーツドリンクをぐびっと一飲みするとぷはぁと一声、そのペットボトルを片手に添えると近くのゴミ箱へ放り投げた。


 雷人とは対照的に身体塩分を抜かれたそのペットボトルはそれはもう──目を見張る様な綺麗な放物線を描いた。



「ライトはよ、気にしすぎなんだよ」



 少しの沈黙をおいて亜蓮が話し始める。

 何とは言わない──亜蓮の「気にするな」という言葉に雷人の肩が少しばかり跳ねる。


 顎に伝う汗が世界へ落ちるスピードを早めた。

その水滴が大地へ染み渡る様に亜蓮の、本人は何の気もない言葉であろうが──だが、そんな言葉が雷人の心に沁みる。



あぁ、いつもそうだ。

亜蓮くんはいつも、僕が何も言わなくても僕のことを分かってくれるんだ────



「オレはさ、バカなんだよ。それはみんなが知ってる……てかお前が1番知ってんだろ? そんなバカなオレでも向こうでよろしくやれたんだからよ……」



「あぁ〜〜なんつったら良いのかわかんねェな」と頭をくしゃくしゃと掻きむしると亜蓮は「とりあえず」と一言、間を置くと急に立ちあがった。


 それに伴い亜蓮の汗が散る。

ふと、その汗に雷人の顔が反射する。

反射的にその水滴に視線が吸い込まれる。


そこには清々しい夏の暁の──淡い太陽のような表情の雷人がいた。



あぁ、そうだ。

彼はそうだ。彼は────



「亜蓮くん。もう大丈夫。ありがとう」



 雷人は何かを言おうと指を折る亜蓮を制止すると立ち上がった。

 あぁ、僕の汗にも亜蓮くんの勇ましい姿が映ってればな──などと思いを馳せつつ雷人は亜蓮の手を強く握った。


そうだ。

亜蓮くんは僕にとっての台風の目なんだ。

どんなに僕が迷おうと、挫けようと……


諦めようとしても。

いつも彼がやってきては僕の心の荒れた風を吹き飛ばし、台風の目のようなそれはもう──言葉も出ない様な晴天で僕を照らしてくれる。




 初夏の心地よい涼風が青い草木を撫でながらやってくるもんだから──熱く手を交わす2人の青年はひまわりのような笑顔を咲かせざるを得なかった。


夏が近い。


 今の青年に夏を楽しむ様な笑顔は無かった。

だが不安の表情は無く、その顔は決意を秘めた勇ましい顔であった。



理由は明白にして単純。



彼は今夏────アメリカへ飛ぶ。




────さて。


 自由奔放で中々フリーダムなこの私立校ではあるがもう一つ、この学校を語るときに絶対に外せない話題ワードがある。


それは──────"バスケット部"の存在である。


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