ちっぽけな冒険譚②



 ――それは、日が昇る前の話。



「エレとワタシは仲間ダ!」 



 ガタリと揺れ、幌馬車の中の木箱が跳ねた。

 その音でアレッタの言葉を上手く聞き取れなかったマルコは、馬を歩かせながら聞き返す。

 


「エレとワタシは仲間ダ!」



 同じ言葉は二度と同じように発せないと魔導学院の研究者は口煩く話していたが、エレは同じように聞こえた。

 マルコは聞き返して良かったと思ったのか「そうですか!」とこけた頬を上に持ちあげ、上機嫌に聞き返した。



「それで、どんな冒険をしてきたんです?」



「エ」



「え?」



 冒険者の話を聞くのを楽しむ者は多い。英雄譚には負けるが、冒険譚はとてもいい物だ。


 確かに、金等級の神官の冒険譚などは「一党の仲間の背中の具合」とかつまらない話で終わるのがほとんどなのだが。

 この少女は、エレという勇者の一党の先鋒を務めていた『英雄』の仲間だと言うではないか。


「アレッタさん。エレさんの仲間……なんですよね? でしたら――」


 これはオモシロイ話が聞けるはずだ。

 さぁ、どうぞ! 胸を張って、顎を上げて、調子を良くして語ってください――


 話を聞こうと、顔だけ後ろに向いたマルコ。

 その目に映ったのは、もじもじと話しづらそうに体を縮めているアレッタの姿だった。



「――俺は、こいつと冒険なんかしたことないぞ」



 雰囲気が死ぬ前に言ったエレの一言。

 アレッタは助かったような、悔しいような。入り組んだ感情で端の方へ体を寄せていく。


「それに、まだ仲間だと思ってない」


「エ!?」


「え?」


「は?」


「だって、エレ、金等級になれば――」そう言いながら、神官衣の中からゴソゴソと取り出した黄金色の認識票を取り出した「仲間にしてやるって言っタ!」


「組むっていったんだ」


「ウソ!」


「俺は生まれてこの方、嘘を着いたことはない」


「っていうウソ!」


「エレさんにそこまで言えるのですから、素質あるように見えますね」


「ヤッター!」


「やめてくれ」


 エレは首を傾け、幌の外から聞こえてくる賑やかな声を聞いた。


「……もう、そろそろか」


 そして、マルコの背中の向こう側に見える街並みを見て、今がどこら辺かを思い出した。


「じゃあ、降りるぞアレッタ」


「エ?――ウワッ!」


 アレッタの首根っこを捕まえ、もう片方の手では自分の腰包みとアレッタの錫杖を掴んで飛び降りた。


「それでは、また!」

 

「あぁ。じゃあな、マルコのおっちゃん――約束した場所で」


 

 マルコに別れの言葉を残し、猫のように吊るされていたアレッタを地面に降ろした。


「で、俺はお前を仲間だと思っていない。旅の同伴者だ」


「……? どうはんしぃゃ?」


 ぽかんとしているアレッタに錫杖を渡すと、エレは曲がり角の先にある大きな建物を目指して歩き出した。

 少し遅れて、アレッタが後ろをトテトテ歩きでついていく。



「エレ……エレ? どこ行くノ?」



 錫杖を片手で握り、乱れていた服装を正しながら。

 急に立ち止まったエレの背中にぽふっとぶつかり、エレの顔を見上げた。


「さっきも言ったが、俺はお前の仲間じゃない」


「ウ」


「だけど、旅に同伴させてる。そういったな?」


「ウン? ウ、ウン。きいタ……どういうイミ?」


「いっしょにたびをしているひと、って意味だ」


 アレッタの頭の中で――(それは仲間と言うのではないだろうか?)と浮かんで、弾けた。


「フム……」


 エレにとっては「仲間」という表現は、アレッタには理解ができないほど細かく定義されているような気がした。

 その定義は分からずとも、エレが何を言いたいかはなんとなく予想がついて。

 


「仲間になるために……なにかスル?」



 アレッタの言葉に頷き、エレは人だかりがはけた道を再び歩き出す。アレッタは顔を上げて、その大きな建物を目にした。


「あ、ココ」


「見覚えがあるか? 大体同じ雰囲気で建てられてるからな」


 どこかで見たような気もするその建物は、煉瓦で作られていて、赤と白で作られた大変縁起の良さそうな建物に見えた。

 としても、そこに出入りしている人たちの恰好は縁起とは全く無縁の物に見えた。

 なにしろ、武器を背負っていたり、フードを深く被っていたりしているのだ。


「ボウケンシャクミアイ」


「そう。もう少し流暢に言えるように頑張ろうな」


 そんな組合所に入りながら、エレはコルクボードの方へと人を縫いながら歩いていく。

 アレッタは着いていくのがやっとだった。


「―――……どれにするか」


「ドレ……? エレ?」


 コルクボードには無数に依頼が張られており、絵が描かれているものや字だけのもの、報酬が大きく書かれているものと様々だった。

 千切られて、少しの紙切れが残っているモノもちらほら。


「……これにしよう」


 その中から、金等級向けで手早く終わりそうなものを見つけて、エレはコルクボードから引っぺがした。

 その一挙一動をアレッタは眺めていると、エレがその放心しているような瞳に気が付いて。


「説明がまだだったか?」


「おいてけぼりダッタ」


「そうか、悪いな。ん、手を出してくれるか」


 不思議がるアレッタの手の上に、一枚の依頼書を置いた。 


「俺が選んだ依頼を達成してきてくれ」

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