その少女は③



 山から下りて来た先は『海蜥蜴の尻尾』の冒険者組合。


「ついたな」


「ウム」


「ちょっとここで待っててくれ」


 冒険者組合も人が働いている以上、休日というものが存在している。


 昨日までが繁忙期であったため、今日は冒険者組合の入り口は冒険者どころか、風も入らぬように閉ざされている。

 けれど、中には清掃をしている人や昨日の残った仕事を片付けに休日出勤をしている職員の姿が見えた。


「……よし、いるな」


 エレは中を覗くと、アレッタを置いたまま裏口に回っていった。


 二階に宿を持っていることもあり、宿の人が出入りする入口が存在する。

 自然体で入っていり、

 適当な職員を一人捕まえ、

 受付を開かせた。


「ありがとう。悪いね」


「あ、あはは……」


 茶髪の職員は受付をするためのスイッチを入れかねているようで、普段は笑顔を張り付けているというのに見事に皮が剥がれかけていた。

 

「それでなんだけど――」


「あのぉ……エレさん? その前に。……今日は、知っての通り……お休みなのですが」


 一応は制服に袖を通してくれているが、休日出勤は冒険者らと出会うことがないと気合が入っていない。

 化粧も、香りづけもしていないから……と受付から若干離れた位置でエレの対応をしてくれている。


「うん。知ってる」


 そのことに関しては特に触れずに、カネが入った袋をジャラと受付台に置いて、目の前に一枚ずつ並べていく。


「お休みだね。ご苦労さん」


「でしたら……その……それは?」


 まだ足りない? 

 そう言わんばかりの顔に、受付嬢の顔が更に引きつった。


「昨日、登録し忘れた子がいるみたいでさ。また半年後ってなったら気の毒だから、それだけ頼んでもいいかな? これ、迷惑料」


 優し気な言葉の後、リアルな『じゃり』と黄金色に輝く貨幣が受付台に置かれた。


「迷惑だなんて、そんな……。エレさんになら、その……」


 エレさんは、英雄ですから。

 頬を赤らめながら話す受付嬢。


「迷惑だなんて言わないでください。へっちゃらです。冒険者組合総出で応援してますから!」


「応援されるような人間じゃないよ。冒険者組合には、たくさん迷惑をかけたし」


「でも、私は迷惑をかけられたことがありませんよ!」


 なぜか得意げに胸を張る。


「君にはこれから迷惑をかけるんだよ」


「だから――」


「いーから、受け取って。気持ちさ」


「ダメです。ダメ。絶対ダメ! エレさんは斥候の一旗アルスなんですから!――そんな方から給金まがいなカネを受け取ったとなると……私が怒られちゃいます」


 一旗アルス――それは、冒険者組合に所属する者で、職業別の頂点に立った者を指す呼称だ。


「……久々に聞いたよ、それ」


 エレは五人といない蒼銀等級の冒険者であり、「斥候」という職業の一旗を担っている。

 冒険者組合の本部の応対室には「一旗」の写真がズラリと飾られており、もちろんその中に小さくて不愛想な背中を向けているエレの写真も存在している。


「まぁ、休日に仕事をさせる訳にはいかないし」


 硬貨を出し終えた財嚢を収めつつ、入り口の人影が見えるように体を傾けた。


「俺、と言うよりかはあの子が迷惑かけると思うから」


 受付嬢は目をぱちくりとさせた。

 そんな彼女に「なんか、結構強情な子どもだったからさ」と言って、更に貨幣をズイと出すと――


「んん……はい、わかりましたぁ」


 不服そうに、でも納得はしたようで渋々受け取った。




      ◆◇◆




 冒険者の登録は年に二回で、夏と冬にある。


 その期間中、教会に戻って「治癒の奇跡の練習をしてこい」などと言うのも憚れる。

 突っぱねてもいいのだが、アレッタという少女はしつこく訪問をしてきそうだ。


 毎日毎日、イヤに上手い鳥の物真似を毎朝聞かされるだけは力強く遠慮しておきたい。


 それに、昨日の今日だ。

 冒険者登録にそれほど時間はかからないし、休日出勤の意図は冒険者を名簿に登録する仕上げをするためなのだろう。


 これがまた後日に訪れた場合、要らぬ手間をかけてしまう。

 手間をかけるなら少ない方がいい。


 

「それにしても、エレさんが目をかけるってことは……もしかして、そういうご関係ですか」



 エレには分からないように口を尖らせる受付嬢。

 受付嬢を見てはいないエレは、奥の依頼が張られているコルクボードを眺めながら。


「俺にも春が来たんかねぇ」


「エレさんは顔立ち整ってますから」


 受付嬢は、面白くなさそうに呟く。


「そうかね」


「そうですよ!」


 こんなに傷だらけを「整ってる」ってのは言い過ぎだと思うが。


「年齢の割には幼げですけど! そこがまた、ね!」


「昨日ヴァンドにも言われた。俺はガキっぽいんだって」


「礼儀が揃ってるのはエレさんの方だと思いますけど?」


「アイツが聞いたら泣きだすな」


「ああっ! な、ナイショで、ナイショで!」


 口元で人差し指を立て、しぃーっ! と。

 給仕係の出から受付嬢へ大出世した彼女は、所々でこのように素が出てしまうのだ。

 そこが無骨者の多い冒険者にウケが良い理由でもある。


「それでも、珍しいですね……可愛らしい女の子ですか。それも神官プリーストの」


「珍しいな」――とエレが言った瞬間、組合の木製の硝子扉がドンと叩かれた。

 

 受付嬢の顔が一瞬にして凍り付く。


 エレが不思議そうに受付嬢の視線の先を見つめると、アレッタが入口の所に顔を覗かせていた。

 が、普通の顔だ。

 エレと目が合っただけで花が咲くような笑顔にもなった。

 

「どした? お腹でも痛い?」


「い、いえっ。なんでも……その、いえ……ほんとうになんでも、ナイデス」


 上擦った声で応えると、受付嬢は汲々と作業に取り掛かり出した。

 エレは不思議そうな顔で受付嬢とアレッタを交互に見るが、よく分からないとして組合の正面入り口を開けた。

 外は寒々しい風が吹いていた。




      ◆◇◆




 アレッタを人がいない卓まで連れて行き、冒険者組合に登録をするために手続きを踏ませている。


「そのお姉さんの話をしっかり聞くんだぞ。俺は……終わるまで寝かせてもらう……」


「分からない……ことが多イ。一緒にイテ」


「分からないことなんてない。お姉さんに聞け」


「アル」


「寝る。あとはお願い」


「モーーーー!!!」


 ものすごく反抗的な目で見られても、エレは手をヒラヒラとさせてソファに落ちていった。



 エレの言う通り『冒険者登録』と言っても厳重な手続きを踏む訳ではない。

 何ができるか――名前はなにか――

 それを聞いて冒険者名簿に登録する。

 で、終わり。


「エレー!」


「…………」


「寝ちゃったみたいですね……」


「ウウウウ」


 冒険者は、組合に所属をするだけでただの個人事業。

 いわば、自由業だ。

 組合に名前を登録してからは、階級に応じて依頼を受け、信用度を高めていく必要がある。


 そして、階級が上がる際には面接を行い、実績や信用を見定めていく。


「冒険者は、階級が上がってからが本番です。すぐ終わりますから、ね?」


 この手の職業は登録をしてから始まるものであるから、登録自体は簡略化されて当然。

 力が強くても、素行が悪ければ階級は上がっていかない。



「…………」



 その旨の説明を、アレッタは今聞いている最中だろう。

 エレはソファに包まれて、寝息も立てずに猫のように寝てしまっていた。

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