第17話 本当に「治せる」衝撃

 そんな竹内はクライミングしながら、体調の良さを感じていた。身体の動きがとてもいい。身体が軽く感じられ、自分の肉体が自分の思った箇所を寸分の狂いもなくピンポイントで捉えられ、少し身長が伸びたのかと思うくらい、いつも以上に手足を伸ばす事が楽に感じられる。

(アレ?何でだろう) 

頭の片隅で思考をしながらも、身体は黙々と登り続けている。本当に気持ちいいくらいに身体が思い通りに動く。一体何がいつもと違うのか、竹内は手足の動きを止めることなく頭の片隅で考え続ける。

頂上部に手が届き、腕を突っ張って体を押し上げると身体はふわっと勢いよく持ち上がる。その瞬間、あ、鍼のせいか?!と突如頭に思い浮かんだ。

夏山訓練6日目にして、本当なら身体は疲れているはずなのに、今自分の身体は笑い出したくなるくらい調子がいい。身体が軽いだけじゃない。脱臼したはずの左肘、普通脱臼したところは、たとえ骨の位置をちゃんと整復できたとしても、その後神経痛のようなしつこい痛みが、ジクジクと3か月は続くはずだ。

 竹内は小学生高学年の頃、空手の練習で右腕の肘も脱臼した事があった。その時は整骨院の先生に整復してもらいギブスで腕を固定された。すると3週間ほどして普通の包帯だけになってみると腕がまっすぐに伸ばせなくなっていた。どうやら整復の時にうまく整復しきれなかったのか、多分目視でもわからない程のズレだったのだろうが、それが固定されている間にそのまま固まってしまい、肘を伸ばそうとするとイヤな軋みと結構強烈な痛みを感じた。仰向けに寝るとヒジから下が床から15度くらい浮いたままになった。自分の腕はもしかしたらもうずっとこのままなのかと子供心に怖くなったが、まだ若くて関節が柔らかかったからか、水泳が良かったのか、何が良かったのか、いつのまにか解れていた。

 ところが、千水は脱臼後固定もしなかったし、痛みも目を覚ました時点で確かに痛むものの、動作に影響が出るような痛みではなかった。「痛い」と思いながらも普通に動かせる程度の痛みだった。そして、更に不思議なのは身体を動かすほどに痛みが薄れていった事だった。

 これまで輝かしいばかりに色々と怪我をしてきた過去の歴史の中で、今回ほど明確に「刻一刻と回復している」過程を実感した事は一度もなかった。

怪我というのは、整復したり手術したりして繋ぎ合わせた後は固定して安静にして、ただひたすらに時間を費やす事が「治す」、と言うより、ひたすら「治るのを待つ」しかないものだと思っていた。

それが脱臼した翌日、翌々日と時間の経過と共に、いや、もっとハッキリ言えば動かすほどに、内部に滞る痛みの塊のようなものが溶けて押し流されて外に出て行くような感覚に、竹内は生まれて初めて、怪我は本当に「治療によって治せる」ものなんだ、「治るのを待つ」過程を治療で縮められるんだと思うと、興奮で胸が高まるのを抑えられなかった。

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