第7話   期待のルーキー達


 それにしても、昨日は全身を岩に叩きつけられて、かなり痛いはずだった。竹内は小さい時から水泳と空手をやっていて、普通の人よりは怪我も多かった為、自分の負った怪我がどのくらいの期間痛みそうか、おおよその見当がついた。

 普段の受け身では身体の無駄な力を抜いて衝撃を受け流す事ができるのに、あの時突然のあらがいがたい突風にあおられて、空中で咄嗟とっさに身体をこわばらせてしまい、衝撃をうまく貫通させられなかった。内臓が反対側から飛び出すんじゃないかと思うくらい激しい衝撃だった。

 それなのに、あの衝撃をまともに受けていながら、自分の身体が今こんな楽な事がどう考えても腑に落ちなかった。


 竹内が食堂に着くと、数名の隊員がちょうど朝食を終えて出てくるところだった。

「おおっマコ!お前、具合どうけ?もう起き上がって大丈夫ながか?」

 柳谷小隊長だった。竹内は名前が真だったから、皆からは「マコ」と呼ばれていた。

「あ、小隊長、おはようございます。はい、大丈夫です。ご迷惑おかけしてすみませんでした。」

「さすが先生やなあ。あんだけ腫れて内出血もしとったがぁ、一晩でここまで回復させたけ?

 ホンマ神業やちゃ。」

 小隊長の隣で大石分隊長が感心したように独りちながら

「まあ、ゆうても昨日の今日やから~あ、無理せんと(しないで)様子見ながら~あ、やったらいいちゃ。」

 と竹内に言い渡す。

「はい、ありがとうございます。」

 そうして隊長たちとひとしきり会話すると、竹内はそこで暫しロープワークをこなし、結び目を作ると食堂に入っていった。

「いや~、若いっちゃいいねえ~。何しても回復早くて。」

 竹内の背中を見送りながら、常駐で中堅の野村がしみじみと呟いた。

「ダラお前!お前なんかまだ30代やねか!おわっちゃよりだいぶ若いがに、何言(ゆ)うてくりんがよ(何を言いやがる)!」

 笑いながら柳谷が野村の尻を蹴り飛ばして、ベテラン達が笑い合う。


「よお!昨日は大変だったな~。もう大丈夫なのか?」

 同期の須藤武志すどうたけしが食堂に入ってきた竹内を見て声を掛けてくる。身長185センチの体重85キロという大柄なゴリマッチョで、学生時代はラグビーをしていただけあって、力は四人の新人同期の中で断トツだった。ベンチプレス160キロで鍛え上げられた分厚い胸板と細い女子の太ももほどはありそうな上腕はブルドーザーを思わせたが、ゴツイ体に似合わない人の良さそうな顔だちをしており「タケちゃん」と呼ばれた。


「あ~ホントだ~、マコっちゃん!もう大丈夫う?ボク、とっても心配してたんだよ~。」

 と少しオネエが入っている赤木徹平あかぎてっぺいが、拗ねたような声を出す。とはいえ、彼もちゃんと自分の意思で山岳警備隊を志願してきたおとこだった。私服がかなりカラフルかつ個性的で、いかにも最近の若者といういで立ちだったが、そのチャラい見た目とは裏腹に、大学時代はずっと射撃をやっていてオリンピック代表候補に名が挙がった事もあるという、なかなかレアな経歴を持っていた。

この国では銃の所持には許可がいる為、成人となる18歳からしか始められない。

赤木が大学入学と同時に射撃を始めて、卒業までの間にオリンピック候補に名が挙がるという事は相当の才能に恵まれていないと有り得ない事だった。それでいて、オリンピックを目指しているだけあって英語、韓国語、中国語、スペイン語がペラペラらしかった。先輩達からは射撃も語学も理想を持って取り組むストイックさから「お前はホンマに名前のまんまやのォ」という事で貫徹の「テツ」と呼ばれた。


「ああ、良かったあ!普通に立って歩けとるにか(歩けているじゃないか)!」

 涼やかな笑顔で迎えたのは谷川嘉之たにがわよしゆき

 同期四人の中では竹内と、谷川の二人が地元ト山県民で、須藤は郡間県ぐんまけん、赤木は籐京都とうきょうと出身だった。谷川はずっと剣道をやってきた男だった。学生時代は全国大会の常連として名を轟かせ、大学へはスポーツ推薦で入ってからも好成績をあげて卒業した。身長は180センチだったが、剣道をやっているからか首筋がすっと伸びていて、いつも美しい姿勢だった。地元ト山では、そこそこ有名人だったので、先輩達からは親しみを込めて「ヨッシー」と呼ばれていた。


 竹内を除いて他の三人は皆大卒だった為、高卒の竹内は自然に弟的な立場になっていた。

 実際、警察官を志す者は、学校卒業後に全員警察学校に入学するが、それが一般で言う「入社」に当たる。しかし、警察学校で学ぶ期間は大卒なら6か月、高卒なら10か月と異なる為、大卒グループは実際に数か月早く警察官として仕事をしている先輩であった。

「おはようございます。すみません、昨日はご心配おかけしました。」

「も、やっだ~、何~改まっちゃってぇ、水臭いぞん。」

 赤木が人差し指で、竹内の腕をちょんと突っつく。

「おお、同期ながいから、そんなもんタメ口でいいちゃよ。」

「いえ、同期だなんてそんな・・・。」

 そう言って、小さく頭を下げると竹内は食事を取りに行く。あと40分後には毎朝の車両点検が始まる。竹内は朝ご飯定食を取ってくる。昨日夕飯も食べ損ねて、とにかく腹が減っていた。

 

 空腹のせいか、いつも美味しそうなご飯が特に美味しそうに見えた。


 いつも色鮮やかなト山の野菜をふんだんに使ったメニューで、今日はレンコンとニンジンのきんぴら、ホウレン草ソテーに縁どられた目玉焼き、鮭の塩焼き半切れ、カイワレ大根たっぷりの納豆、ニシンの昆布巻き、美しい青色の小茄子とヤマゴボウの漬物、豆腐ともやしと葱の味噌汁、雑穀入りの玄米ごはん。デザートの小さな杏仁豆腐の上にはクコの実が3粒ちょこんと鎮座していた。

 竹内は、いつもこの色鮮やかな地元の食材がふんだんに使われたご飯を目にする度、美しい宝石箱のようだと思うのだった。

 

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