彼が先生にばれないようにトリックを仕掛けるけど、風紀委員で幼馴染のわたしがすべて暴いちゃいます! だって彼のことが大大大好きだから!! すべてを見透かしたいの……

タマ木ハマキ

数学課題の延期

第1話 課題の延期を何としても勝ち取るぞ!・拓郎視点

 マクドナルドの店内の椅子に座り、おれと沢口さわぐち龍一りゅういちは頭を抱えていた。


「やばいで……これはやばいでぇ……」

「だよね、拓郎たくろう……地山ちやま先生、絶対本気だよ……」

 龍一はその垂れ目を細め、短髪の頭をくしゃくしゃと掻いた。泣き出しそうな顔をしている。鏡を見れば、きっとおれも似たような顔をしているはずだ。

「課題の問題集を出さないからだろ? 自業自得だ」

 酒井さかいがくは余裕そうにポテトを口に放り込んだ。悩んでいる友が目の前にいるというのに、なんだその態度は。こうなればそのポテトを一つ奪ってやる!

「あっ!」

 掴んだポテトを素早く口に放り込むと、シェイクで流し込んだ。うん、美味い。甘いものに塩はよく合う。学は黒縁のメガネを指で押し、釣り目をより鋭くし呆れたようにため息をついた。いい気味だ。

 龍一もおれに倣い手を伸ばしたのだが、無残にもはたかれてしまった。おれの真似をしようとするからいけないのだ。あ、手の甲が赤くなっている……。


「お前らが実際まずい状況なら、どうにかしなきゃいけないんじゃないのか?」

「まあな……」

 やばいやばいと先刻から言っているが、事実やばいのだ。それも超がつくやばさ。

 遡ること数時間前。今日の六限目の数学が終わり、帰ろうかと思っていると、地山先生におれと龍一が呼び出された。課題の催促だった。適当に返事し、やり過ごそうとしたのだが、普段の雰囲気と違い至極真剣だった。


「いいか、このクラスで課題の問題集を出してないのはお前たちだけだ。特にお前らは、お世辞にも成績がいいとは言えない。テストも悪かったんだ、課題くらい出せ。ここで稼ぐんだ。出さないと、辛口の成績になっちまうぞ? まだ一年生で、高校受験には遠いかもしれないが意識を変えろ。わかったな、俺は容赦なく悪い成績をつけるからな。金曜の授業までには絶対に出せよ? 絶対だから。よし、行ってもいいぞ。ああそうだ! あとお前らな――」


 しつこかったので、そこからは適当に返事しやり過ごした。


 そうしてマクドナルドに向かい頭を抱えるに至る。


 呼び出されわざわざ注意されたのだ。流石に課題を出さないとまずいだろう。忠告したのにと先生に怒鳴られ、成績が悪くなり通信簿を見た親にも叱られることになる。成績が悪いのも怒られるのも嫌だ。

 金曜の数学は五限目にある。今日が月曜日だから、あと五日だ。

『あと五日もあれば』と『あと五日しかない』では状況が変わってくる。


 残念だが後者だった。だから頭を抱えていた。


 とてもじゃないが、分量があるため五日では終わらせられそうにない。今日に至るまで提出せず、取り組もうとしなかったつけが回ってきた。

 問題はこの五日という期限だが――


 学は長いポテトを半分だけかじり楽しそうに笑った。

「なに笑ってんねん! そりゃ学は余裕あるやろうけども!」

「人の不幸は蜜の味なんだよ。それがお前らのであれば格別」

 ニタリと唇を歪ませ、残りの半分のポテトを口に含んだ。ろくな大人にならないだろうな、こいつ。

「そや、学の問題集を見せてくれよ。丸写しするから」

「堂々と丸写しとか言うな……。てかよく考えろよ、そんなものはすでに出してある。俺の手元にないんだよ」

「そっか……」

「他のクラスのやつも大半は出してあるはず。出してないのはお前たちみたいなおバカなやつらだ。おバカゆえ、やってないから見せてもらっても意味なし。残念でした~」

「酷い言いようやな……」

 非常に腹立つことに学は非常に勉強ができるので、おバカと言われても何も言い返せないのだ。


「先に言っとくが手伝うのも嫌だからな。絶対に」

「なんやねん、ええやんけ」

「そうだよ学、酷いよぉ……」

 おれと龍一は唇を尖らせた。

「じゃあ、逆の立場なら手伝ってくれたか?」

「手伝わん!」

「僕もだね~」

 龍一と声を合わせ即答した。

「そういうことだよ」

 ああ、そういうことか……なら仕方なし。


「ねぇ、何かいい方法はないの?」

 と龍一はおれに言った。

「課題をどうにかする魔法トリックか?」

「そうそう。なんでしょ? 僕はモリアーティって誰か知らないけどさ」

「知らんのかい」

「なにか思いつかないの? 得意じゃんか」

「それがな――あんねん」

 片方の唇だけ吊り上げ笑った。自信を示すように。

「おお~、さすが拓郎。悪だくみを考えるのだけは天才的なんだからね!」

「やろやろ? でも悪だくみだけってのは余計やぞ? ん?」

 おれは奥歯を噛みニコニコしながら言った。


「で、どんな方法なのさ?」

 龍一は前のめりになった。

 興味持った様子で学も見ている。対岸の火事のためより燃えようが鎮火しようが、どうなっても面白いのだ。本日二回目だが思う――ろくな大人にならないだろうな、こいつ。


「一応考えて、これならクリアできるかもっていう光明は見つけた。でもこの案は、課題をやる前提の話やからな。それは避けられへん」

「うん、わかった。この状況を脱せれるなら、それだけでいいよ」

 と龍一は頷いた。おれはシェイクを一口飲むと、

「課題はもちろん、おれもやりたくない。面倒やし、分量がえげつないから。龍一も同じやろ?」

「うん」

「量が多すぎて、金曜日の五限目までに仕上げるのは無理や。例え授業中に課題を進めたとしてもや。このままやと提出でけへん。でもどうやろう、を挟めたとしたら?」

「いけるかも……」

 顔を上げ、かすかな希望を宿した瞳を向けた。暗澹とした場所から抜け出せる光明を、龍一も感じているのだろう。そんな龍一を、学は大袈裟なと言いたげな目で見ていた。


「逃げ出したい気持ちを必死に抑え机にしがみつき、家でも授業中でも課題に取り組めば終わらせることができるはずや。つまりは最低限、来週の月曜日まで期限を延ばせばいい」

「でもどうやってさ」

「焦るな龍一、光明を見つけ出したって言ってるやろ?」

 おれは親指を立てた。

「おおー! 頼もしい……!」

「ようは地山先生に、『ああ、特別こいつらには』と思わせたらいいわけや。それがおれらの勝利条件。方法としては、熱心に真面目に勉強しているところをこれでもかと見せつけ、地山先生を褒めに褒め機嫌を取りに取りまくり、そして期限までも取ろうってわけや」

「上手い、拓郎くん上手いね! 座布団はないから学のポテトを一つあげよう!」


「なんでだよ!」

 学はつれないことにポテトを腕で隠してしまった。

「ポテトはやらんからな! ……けどさ、そう上手くいくか?」

「そりゃ、馬鹿正直に期限を延ばしてほしいって言えば怒られると思うで? けどその伏線たちが意味を成し、『そういえば最近真面目だよな、勉強も熱心だし授業も積極的に参加してるし。そうか心を入れ替えたんだな……。うん、だったら少しだけ期限を延ばしてやるか! これでヤル気を失ってしまっては、教育者として失格だ!』っとなるわけよ。機嫌を取って先生が気持ち良くなっていれば特に。

 あの人、思いのほか単純やからいけるで。この前も、身長が高くてスタイルいいですよねって言ったら、めっちゃニコニコしてたで? ああ、アホみたいに単純やなってそのとき思ったもんな。いけるいける」

「辛辣な言いようだな……。だがまあ、確かに上手くいくかもな。真面目にしている生徒のお願いを断るような、厳しい人じゃないだろうし」

「学もそう思うんだ! さすが拓郎だね!」

 龍一は嬉しそうに声のトーンを上げた。


「やろ? 絶対に上手くいくから安心しろって。やったろうぜ」

「だね!」

 おれと龍一はがっちりと握手した。この企みを成功させる仲間、おれたちは一蓮托生だ。ポテトを食べていたため、龍一の手に油がついてしまったがまあいいや。許せ。油までも一蓮托生だ。


 腕を組み、天井を見る。


 この作戦が上手くいく自信はある。確信している。

 しかし、気を付けなければならない要注意人物がいた。天敵と言っても過言ではない――。


「風紀委員には勘づかれへんようにしやなな」

 期限を延ばすだけで特に悪さはしていないが、皆はちゃんと日にちを守っているのにおれらだけ延ばそうと画策するのは、風紀委員的には許せないかもしれない。

「だね。拓郎は痛いほど知ってるしね」

「そうや、特に凛子りんこにはな……」


 みなみ凛子はおれたちと同じ三組であり、風紀委員に所属している。二つに結んだ髪を胸元まで垂らし、目はクリクリとして大きいがちょっぴりぶっちょう面で、ちょっぴり人付き合いを得意にしていない。

 今まで企んできた悪だくみも、凛子にことごとく暴かれてきた。観察力があり洞察力もあり、探偵としての類いまれなる能力がある。暴かれてきたが、その切れ味のある推理には惚れ惚れしてしまうほどだ。


 一部の者だけだが、おれのことを学園のモリアーティと呼んでいる。

 モリアーティはシャーロック・ホームズに登場するライバルで、ロンドンにおける半分の犯罪に関わり、犯罪界のナポレオンと評されている。学校で起こる半分ほどの問題に、おれは関わっている。故に学園のモリアーティだった。

 まあ、そんな呼び名があるということは、大半の悪だくみを見抜かれてきたということだが……。


 モリアーティがいるということであれば、ホームズもいる。

 そう、凛子はホームズと言われていた。

 風紀委員の女ホームズと――

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