4章 誕生⑤

「・・・『何だろう・・・そう、何か物足りない。なぜ、なぜこんなこと思うようになってしまったの。私、ドコか変』」

などと考えていると奈津子はベッドに腰掛けている女の履いている赤い靴が気になりだしてきた。真っ黒な装いに赤い靴は不釣り合いで全身が真っ赤に包まれている今の私にこそ相応しいはず。通り魔のハイヒールは心の隙間を埋めるに最適な代物のように思えてきて、喉から手が出るほど欲しくなってきた。

「さっきから足元を食い入るように見つめているけど、何か気になるモノでもあるのかしら」

通り魔は奈津子の視線から気持ちを察したのか、脚を組んで赤い靴を奈津子の目の前にチラつかせた。

「いいえ、見ていません、それに気になる物もありません」

奈津子は自ら心の深層心理を見透かされたくない思いで嘘をついた。

「そうかしら、あたしにはこの靴を履きたくて履きたくて仕方がないって顔に見えるんだけど・・・まぁいいわ、あなたって足のサイズはお幾つかしら」

「えっ!」

「この靴も私にはワンサイズ大きく、歩きにくくて仕方ないのよねぇ」

「そうなんですか・・・25cmですが」

「25、大きいわね、まぁ背丈も170はありそうなんであっても当然かしら」

「すいません」

奈津子は意味もなくなぜか謝ってしまった。

「別に気にしなくていいのよ、それに25cmならピッタリフィットするはずだから。私にはもう無用の長物になったんで、あなたが要らないって言うのなら・・・窓から捨てちゃおうかしら」

通り魔はお預け状態の奈津子に意地悪っぽく投げかけた。

「あっ、それなら私に・・・はっ!」

思わず漏れ出た言葉に奈津子は両手で口を塞いだ。

「私に・・・ねぇ、その続きを言ってみなさい」

再び頬を紅潮させた奈津子はそのまま黙りこんでしまった。

「・・・」

「相変わらず困りごとが起きたら黙ってやり過ごす、いつまで経っても変わらないわねぇ・・・だったらいいわ、こっちにも考えがあるわ」

そう言うと宙に浮かせている靴を脱ぎ去り,足を組み替えると、反対側も同様にして靴を脱ぎ去ってしまった。素足となった通り魔は立ち上がると何を思ったのか、奈津子の目の前で片膝をついて靴を奈津子の前に揃えた。真っ赤なハイヒールは表面にエナメルコーティングを施された本革素材でできていて,サイドアッパーに靴と足首を固定させるアンクルストラップが付いている。甲周りから爪先に向かって鋭利な刃物のように鋭く尖ったポインテッドトゥ形状,ヒールは先端に向かって極端に細く,丈は12cm以上と高い,歩きやすさよりも美脚シルエットに重点が置かれたスティレットトゥ形状であった。特別な身分の人物が履くに相応しい妖艶な気品を醸し出しているスーパーハイヒールは奈津子を新しい主として迎えるべき待ち構えているように見えてきた。

「よくよく考えてみたら女子高生の小娘なんかにハイヒールが履きこなせるのかしらねぇ」

「・・・」

日頃は運動靴やコインローファーを履いていて、パンプスですら履いたことのない奈津子にハイヒールを優雅に履きこなすことなどできるはずがなかった。

「安心しなさい、あなたは同性の私からしても羨ましいと思える美脚が備わっているじゃない。きっと靴の方があなたの脚を気に入ってくれて履きこなしてくれるはずよ」

奈津子は自分の欲求と葛藤していた。下着の時は命令に従い身に着けたのだが衣服の時には自分から積極的に身に着けてしまっていた。もしこのまま靴まで履いてしまえば以前の自分に戻れなくなってしまう、そう思えて仕方なかった。しかし抑えきれない欲求が赤いストッキングによって脚をひとりでに持ち上げ、少しずつ靴へと近づけさせると一気に中へと引き込ませた。

「・・・『脚が勝手に、嫌だ,ダァ~メッ・・・履いてしまった』」

靴の中は爪先に1cm程度の余裕があって、ボール(幅),履き口,踵が足にピッタリフィットして痛みや靴が脱げてしまう心配がなかった。続けて反対の脚も抑えがきかずなって足が引き込まれると通り魔は素早くアンクルストラップで足首とハイヒールを一体化させてしまった。

「!!!『何これ、ハイヒールってこんなにも安定感のないモノなの。あっ!倒れる』」

高いヒールによって視界が著しく変化した奈津子は平衡感覚に支障をきたすと自らの体重ですら支え切れなくなっていった。今にも倒れそうな所を通り魔の腕が脚を支えて未然に防いだ。

「つっかまえた・・・ダメじゃない、この身体はもう私のオモチャなの。だから勝手に動くことや倒れることも許さないわ」

今の奈津子はもはや通り魔の支えなしには立っていることさえできなくなってしまった。

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