第2章 通り魔②

「・・・『この人って都市伝説で噂されている全身真っ赤な女では!?』」

などと思っていると人影は内ポケットから刃物のような代物を取り出し、高々と振り上げると奈津子に向かって振り下ろした。それは顔の僅か数m前で空を切り、突然のでき事に驚いた奈津子はその場から動けなくなってしまった。人影は奈津子の動揺ぶりを察すると素早く奈津子の腕を取って地面へとねじ伏せた。

「いや~、誰か助けて~、殺される!!!」

我に返った奈津子が力の限り大声を上げて助けを求め、全身を激しくバタつかせて抵抗を試みると人影は馬乗りになって奈津子を押え込んで手にしていた刃物らしき物体を奈津子の頬にあてた。刃物らしき物体は草刈り鎌で鋭利な刃先に恐怖心が芽生えた。

「うるさいわねぇ、静かにしないとあなたもこの刃鎌で切り刻んであげるわよ」

その時ここ数年巷を騒がせている連続殺人事件のことを思い出した。報道によると被害者は老若男女10数名に及び、鋭利な刃物による複数の傷が刻み込まれ惨殺されたという。物的な証拠や目撃者が少なく、3県を跨いでの犯行とあって捜査は難航をきたし未だに逮捕されていなかった。

「・・・『あなたもってことはこの人が一連の犯人なの、そして自分も被害者の1人に加えるつもりなのでは・・・』」

奈津子は命の危機を感じていると人影はライターを取り出し、火を点けて奈津子の目の前にチラつかせた。火災の後遺症として奈津子には炎に対するトラウマが残っていて、今でも小さな炎とは言え目の前にチラつくだけで全身が硬直して動けなくなっていた。人影は動きが止まったとみるや今度は拘束具を取り出し、奈津子の手首と足首に錠のようなものを嵌めてしまった。

「これで少し落ち着いてお話ができそうね。自己紹介がまだだったわねぇ、あたしは夜な夜な人気の少ない場所で人を切り刻んで楽しんでいる、テレビなんかじゃ【通り魔】と呼ばれている女よ。そして今夜のターゲットはあ・な・た、たっぷりと楽しませてもらおうかしら」

手足の自由を奪われ《まな板の鯉》となってしまった奈津子には抵抗する手段がなかった。

「お願いです、助けてください。お金だったら差し上げます」

「金品なんて興味がないの、あたしが求めているのは快楽だけ。あなたも記録に加えてあげるから光栄に思いなさい」

「他のことだったらなんだって構いません。どうか命だけは助けてください」

奈津子は必死に許しを乞うのであった。

「なんでも・・・その言葉に嘘,偽りはないでしょうね」

「はい、もちろんです」

「よく見ると可愛らしい顔をしているじゃない、特に口はおちょぼ口のように小さく羨ましいわ・・・本当に何でもしてくれるんでしょうね」

「は、はい、助けてもらえるのでしたら」

通り魔は念を押して奈津子の意思を確認した。

「そこまでの覚悟があるなら、命の代わりにあたしそのモノに成り代わると言うのはどうかしら」

「成り代わる・・・それってどう言う意味ですか」

通り魔が提案してきた条件の意味が奈津子にはまったく理解できなかった。

「フフッ、説明する前にいいモノを見せてあげるわ。お目目を見開いてよーく見ていなさい」

そう言うと通り魔は立ち上がって奈津子の前で仁王立ちのポーズを取った。続けて口元を覆っているマスクを左手でマスクを押さえ,右手で耳から紐を外して,ゆっくりとマスクを外した。

「ねぇ、あたし、キレイ」

「キャー、ばっ、ばっ、化け物!」

マスクの下には口が大きい・・・正しくは頬が上下に裂けて、新たに口の一部として左右に大きく広がったこの世のものとは思えない恐ろしい口が存在していた。奈津子はあまりに恐ろしい素顔に悲鳴を上げると共に気絶しそうになった。

「化け物とは失礼ねぇ、自らの口が広がった後でも同じことが言えるのかしら」

「・・・『えっ、それって・・・ま、まさか』」

「まだ分からないの、成り代わると言うことは身も心もあたしと瓜二つに生まれ変わると言うこと、もちろんあなたの小さくて可愛いお口もあなたが化け物と叫んだ女と同じように左右へと大きく広げられちゃうのよ」

通り魔は再びしゃがみ込むと奈津子の顎を掴み不敵な笑みを浮かべた。

「嘘でしょう」

「死ぬよりはマシでしょう、ただあなたの顔には一生消えない傷が残ることになるんだけど」

抵抗をすれば殺される、だからといってこのままでは頬が切り裂かれてしまう。身動きが取れなく,自らでは現状を打破することもできない,奈津子の命運は通り魔の手に握られていた。

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