Episode:2「Move error」

 ――時は現在、平衡暦五年。

 俺は、駆動先生から感情を持つオートマタ、"マイティ=エモート"に生じている不具合の確認と、不具合と共に発現した感情システムの善し悪しを確かめる為、旅を始めていた。


 マイティの、ひらひらとしたフリルが目立つゴスロリ風の服装は、駆動先生の趣味なのだろう。そう言えば、過去に検証用として生産されていた人型戦闘用のオートマタも、何故かモデルは女性でゴスロリ風の服を着ていたっけな。

 あの人自身、女性なのになんでイケメンのモデルとかにしないんだろう……?


 突然、駆動先生から渡されていたスマートタブレット、略して"スタブ"から着信音が鳴る。


『あーあー、こちら駆動サキ。聴こえているかい? 成瀬ハヤト君、マイティ=エモートちゃん?』


 画面に表示された"応答"のボタンに触れると、スタブ越しから駆動先生の声がした。


「聴こえてるよ。駆動先生」


 続いてマイティも応える。


「聴こえています。マザー」


 マイティのその呼び方、違和感満載だね。そこはもう、"お母さん"とか"ママ"で良くない?


『違和感ハンパねー! そこまで来たならお母さんって呼んでおくれよ』


 あ、よかった。スタブ越しの駆動先生も同じ事考えてた。


「それはそれとして、何か用事? それとも忘れ物?」


『一つは成瀬君に渡したスタブがちゃんと作動しているのか、もう一つは早速魔物に襲われて死んじゃったりなんてしてないよね? って言う心配のお電話』


 もっとこう、言い方があっただろ。


「ツッコミが追いつきませんよ。お、おかあ……さん」


 ははぁーん? オートマタに年頃なんてものがあるかは分からんが、ははぁーん? さては君、恥ずかしいんだな? ははぁーん?


『今すぐうちに帰ってこないかい? 君には戦闘なんてもったいない!』


「恥ずかしがってるオートマタに、萌えを感じるのやめてもらっていいかな? とりあえずこっちは無事だ」


 恐らくだが、バグまみれで大事故になってないか気になって電話をするついでに、自作したスタブの調子でも見ておきたかったんだろう。


『それならよかったよ。スタブの調子も良さそうだし』


「ああ。それと、不具合の確認はこれから行う」


『了解。くれぐれも気を付けてね』


 電話が終了する。

 早速だが、手頃なスライム退治から始めるか。クエストも受けて来たし。


 クエストの内容は、薬草が自生している場所に、スライムが大量発生。片っ端から薬草を溶かして回っているらしい。三十匹倒してきて欲しいとの事だ。

 目的地は街から北へ一時間ほど歩いた場所にある森で、そこでは、澄んだ水が川となり、その川の先では一つの泉が形成されていた。スライムはその泉の周辺に出没している。


 道中、魔物と遭遇することもなかった為、マイティとは他愛もない会話をしながらでも、目的地へ到達することが出来た。


「さて、と」


 俺が一息つくのとは裏腹に、マイティの雰囲気は一変していた。戦闘態勢に入る為なのか、声色に冷徹さのこもった雰囲気が出始める。


「ここですね、マスター」


「マスターはやめてくれと言ったろ」


 ……あっ。今の言い方良くなかったかな? しゅんってしてないかな? チラり。


「しゅん」


 してたー! ごめんね! 君なりの雰囲気の出し方だったんだね! 汲み取ってあげられなくてごめんね! 訂正! 訂正します!


「あー、その……ごめ」


 言い切ろうとしたところで、マイティが言い出す。


「ハヤトさん。そういう約束ですもんね。私、今回が初めての戦いなので少し気を張りつめすぎてしまいました」


 それもそうか。今回が初めて、か。感情を持っているなりに緊張してるってことか。


「ううん。こちらこそ、その、感情が備わってるオートマタは、初めてだから」


「ふふっ、お互いに、初めてさんですね」


 ……え? 何? かわいい! なにそれ!?

 急に優しく微笑むマイティめっちゃ可愛いんだが? なんで? オートマタってこんな可愛かったっけ!?


「ハヤトさん? 戦闘の指示が欲しいのですが」


 軽く悶えている俺に、マイティは冷静に話しかける。なんかその、ごめんなさい。


「ああ、そうだな。とりあえず、なんでもいい、エネルギーをあまり消費しない程度に、攻撃を行ってくれ」


 指示を出した後、マイティがとった行動は、何故か両腕を曲げ、相手の攻撃を防ぐ体制に入り、魔力で構築されたバリアを、前方に展開していた。


「……なに、やってるの?」


 流石にやることがぶっ飛んでるので質問。


「敵からの攻撃を防御します」


 え? あ、そういう感じ? もうそこからバグってんの?!


「あれっ? 攻撃って言わなかったっけ」


「はい! 防御しています!」


 お、おおぅ。……ん? 待てよ?


「なあ、そしたら防御に回ってみてくれないか?」


「わかりました。攻撃を開始します!」


 目にも止まらぬ早さでスライムを一匹、二匹、続けて纏まっている五匹ほどのスライムを一撃で爆散させてしまった。


「ふっ」


 ドヤァ……。って表情には愛らしさを覚える。


「ハヤトさん! 私、今"獅子奮迅"って感じでしたよね!? かっこよかったですか?」


 左右に揺れながらムフー! と言った感じで褒めてもらうのを待っている様子。少々大人びたその容姿からは、想像もできないような子供っぷり。ギャップ萌えと言うやつか。左右に揺れるマイティの胸元に付いた、少し控えめなものも、ゆさゆさと揺れている。


「ん?」


 え、そこの質感って柔らかくなってるの? 今まで見てきた人型のオートマタは、全体が装甲で覆われていたり、俗に人間で言う皮膚となる部分は、全て硬い素材だった為、揺れるなんてことは無かったはずだが。後で駆動先生に詳しく訊くか……。それはそうと。


「マイティ、やるな! よしよし!」


 マイティの頭を撫で、はちゃめちゃに褒める。

 すると突然、無機質で機械的な音声がマイティの本体から流れる。


『自動防御システム作動』


 俺達がふわっふわな雰囲気で和んでいる間に背後からスライムが一匹、こちらへ飛びかかってきていた。オートマタ本体として、備えられているシステムに従い、マイティはそのスライムを返り討ちにする。やはり、"防御"では無く"攻撃"に徹するのか。


「すみません。油断しました」


 マイティが平常運転になったのか、さっきまでのフワッとした雰囲気は、そこに無かった。


「気にしなくていいよ。実際、初めてにしてはほんとに凄いから。さぁて、俺もいいとこ見せちゃおうかねぇ!」


 フンスッ! と気合を入れる俺。俺の得物は、大剣から小太刀まで至れり尽くせり。当然ながらスライムごときに、遅れなんて取らない。


「よっしゃ! 今回はマイティにいいとこ見せるために大胆な大剣で一気に――」


 その間、僅か数秒の出来事である。俺は腰を盛大に、やっちまった。そう言えば大剣なんて使うの五年ぶりだったかな、ハハッ。魔王軍と戦って生き残った勇ましい戦士が、ギックリ腰で倒れるなんてな……。


 俺がこんな悲惨な姿になってからどの位経っただろうか?


「ハヤトさん。その、ゆっくり休んでてくださいね。プククッ」


 マイティは笑いながらスライム退治へと戻って行く。何笑ってんだ! と怒りたくもなるが、笑われても仕方がない。

 俺がギックリ腰で苦しんでいる間に目の前に一匹のスライムが現れる。


「なんだよ。お前も笑いに来たのか? おいおい、さすがにお前の攻撃なんて痛くない痛くない。ハハッ」


 直後、事もあろうかこの生意気なスライムは一瞬で今の俺の弱点を把握し、腰に体当たりしてきたのだ。ありえない。マジありえない。

 あまりの激痛で俺はどんな悲鳴をあげたのか覚えてもいない。幸い、その悲鳴を聞きつけたマイティが、鬼の形相で、スライムを塵一つ残らぬ気体へと蒸発させた為、大事には至らなかった。


「つぁ……。うっ、い、痛っ、いだい!」


「ハヤトさん、スライム三十匹、討伐完了しました」


 俺の腰を犠牲にした大剣の一振りは、十匹のスライムを吹き飛ばし蒸発させた。残りはマイティがやっつけてくれたみたいだ。


 オートマタへの指示は、一度何を行えばいいか伝えるだけで良い事が多く、複雑な指示を出す場合は、戦闘が始まる前に一連の作戦を伝えておくと、その通りに動いてくれる仕様となっている。

 が、今回はスライム相手でそんなものも必要ないと、俺がハナから油断していたこともあり、攻撃と防御の指示が逆に設定されているバグが判明してからは、"常に防御"という指示を出して戦闘を行わせていた。


「ありがとう。マイティ。それで、大変申し訳ないのだけれど、俺の上着の胸ポケットから、スタブ取り出してくれない?」


 マイティは微笑みながら一言。


「仕方がないですねぇ、私が、お役に立ってみせましょう!」


 マイティは、俺の上着を持ち、胸ポケット部分を引き裂き、スタブを取り出したかと思うと、それを泉の方へ向かって、投げ


「ちゃダメですー! 何やってんだちょっと待って!」


 ピタッ、とマイティは動きを止めこちらを不思議そうに見つめる。ヤダ可愛い。

 じゃなくて、もう、とことん行動の指示を出すとバグるなぁ!? ややこしい!


「オーケー、わかった、よし、マイティ、そのまま、そのままだぞ? そのまま、それを泉の方へ投げてくれ」


 ああ、ややこしいと思う。が、恐らく、本来指示した行動と、別の行動を取ってしまうのであれば、今行おうとしている大変恐ろしい行為を、そのまま言葉にして指示してやれば、それと違う行動を起こしてくれるのではないか?


「わかりました!」


 本当にわかってんのか? という不安はすぐに解消された。マイティは、手に持っているスタブを持ったまま、こちらへ歩き、俺に手渡した。


「ありがとう。助かるよ」


 ひとまず、駆動先生へ連絡。の前に


「マイティ、立ち上がってくれ」


 マイティは、しゃがむ。

 なんかもう慣れてきたわ。だいたい反対の指示出せば思い通りに動いてくれる。


「胸元、失礼するよ」


「ひゃっ!」


 マイティの胸元にスタブを当て、ここまでの一連の行動や、出来事の記録を、接触回線で共有、コードとして書き写す。


 すると、以下の内容が赤文字で表示される。


<move error from all status>Y→NG


「は、ハヤトさんっ、あの、その、私」


「うん。なんで君、こんなに表面が柔らかいわけ? ちょっとほかも失礼」


「あっ、そ、そこはっ、あの、あのっ!」


 二の腕から手のひら、そしてお腹、太もも、ふくらはぎ。触れる度艶っぽい声が、マイティから発声される。これもバグか?


 突然、スタブのエラーログ表記画面が、着信画面に切り替わる。ちょうど良い。俺も今から電話を掛けようと思っていたところだ。


『成瀬くぅん。なにしてるのかなぁ?』


 駆動先生は、スタブ越しに、俺をからかうかのような態度で、いきなり話しかけてきた。


「駆動先生、今回のオートマタ、どういう設計なの? マイティの表面、どこも柔らかいんだけど」


『それね、ホルマリン漬けにした人間の死体を、分解魔術によって、人間の体を構成していた成分に分解してから、錬金術でそれらを合成したヤツ。私はこれを人肉粘土と名付けたのだけれど』


「ごめん、もういい。それ以上喋んないで」


 ホンモノじゃないか。この女、本当のマッドサイエンティストだ。最低過ぎる。なんでこんな奴の協力を今までやっていたんだ。

 今まで沢山悪態はついてきたさ。人型のオートマタなんてものを生み出した時は、散々にマッドサイエンティストだの狂気のクソ女だの言ったさ。だけど、本当に人間に近いオートマタを生み出そうだなんて、考えない人だと信じてた。そんなことだけはやらないと思っていた。


「わかってんのか? てめぇのやった事は、死んだ人間への冒涜、生への侮辱そのものなんだぞ」


 駆動先生……いや、駆動サキは、何かを言いたげに一言。


『成瀬君』


「黙れッ!」


「ハヤトさん」


「黙ってくれ!」


「黙りません!」


 マイティが、激昂していた。


「いつも、泣いていたんです。私だってこんな事、親友の頼みでない限りやりたくないって、言っていたんです」


 はぁ? ちょっと待てよ、なんで俺が悪者みたいになってんだよ。お前らにだけ分かることでしんみりしてんじゃねぇよ。


『マイティ……。』


 駆動サキが、悲しそうな声色で呟く。意味が分からない。限界だ。


「どういう、事だよ。意味わかんねぇよ! 死体から人肉を錬成するなんて正気の沙汰でもねぇお願い事言ってのけるバカがどこに居るってんだよ!」


「ハヤトさん!」


 直後、俺の頬へ、マイティの手のひらが勢い良く衝突する。

 俺は、"マイティ"から、ビンタを受けた。


「私は、涙を流すことができません。でもだからこそ余計に、今、とても悲しいのです」


「マイティ、なんだよそれ。俺は、何をわかってやればいいってんだよ、教えてくれよ……。」


『成瀬君、話がしたい。一度私の研究所へ戻ってきてくれないか』


 俺は、マイティにおんぶをしてもらう形で、街にある駆動サキの研究所へ向かう事とした。


つづく。

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