第25話 元カップルとメインヒロイン

 ※優希※


 文化祭が明日に迫り、クラスは活気立っていた。

 中学の時の俺ならそんな陽キャ軍団と一緒に盛り上がることなんてしなかっただろう。

 だが今は違う。


「ははっ!お前似合いすぎだろ!」

「う、うるさいな!」


 元々あまり筋肉が無く細い方で、高校デビューするにあたり大分鍛えたのだが、やはり中学時代から鍛えてきた人と比べるとまだまだ細い俺の体は、レンタルしたコスプレ用のメイド衣装がすっぽり入った。

 そう、今はうちのクラス有志『男女逆転メイド喫茶』の試着中である。

 なんで女性用なのに男性も着れるんだよ!(謎の文句)


「それにしても圧巻だな」

「まぁ確かに男子高校生がメイド服着てる姿は圧巻だな」

「そっちじゃねぇよ。女子の方だ女子の方」


 昴に言われ、俺は女子の方を見る。

 女子は男子より先に教室内で着替えた。ウェイトレスの格好だ。

 特に、すらっとした長い脚を持つ杏奈のウェイトレス姿は可愛いを通り越してカッコイイ。

 ……と、女子の中に真昼の姿を見つける。


「ほら褒めてこいよ?」

「いや、いい……」


 昴は俺にそう促したが俺はそれを断る。

 もちろん、彼氏なら彼女が何を着ようと褒め称え可愛いというのが仕事だが……。

 俺は杏奈に言われたあの日以来、真昼と連絡を取っていない。特に示し合わせたわけでもないが、真昼も何かを察したかのように返信を急かしてこない。


「なんだ?上手くいってないのか?」

「…………あぁ」


 上手くいってない、と言うと少し違うかもしれない。

 俺が情けないだけだ。真昼は何も悪くない。


「そうか……」


 昴はこれ以上詮索するまいと話を切り他の話題を俺に振る。

 俺は昴の話に適当に相槌を打ちながら、頭の中では昴への罪悪感を拭えないでいた。


「昴、悪い……」

「…………あぁ、気にすんな」




 ※萌結※


 私という人間は、私だけで成り立っていない。

 私の性格や顔、身長などの内的要因と私を取り巻く環境や人などの外的要因が合わさって「私」という人間を構成している。

 それに気付いたのは佐々木と付き合い始めて、陰で色々言われるようになってから。

 もう私は、感情だけで動いていい人間ではなくなっていた。

 そして今、


「真昼、それ本気で言ってるの?」

「うん」


 文化祭準備も終盤にさしかかり、あとは午後の準備と実行委員による教室点検を残すのみとなった昼休み。

 私は真昼に屋上に呼び出された。



「私、優希と別れる」



 さっき私に言った言葉をもう一度繰り返した真昼。その瞳には決意と悔しさが宿っていると感じ取れる。

 私はただ思うままのことを口にする。


「それは、私との勝負を下りるってこと?」

「そういうことになるね。……ていうか、最初から勝ち目なんてなかったみたい」


 声も肩も震えている真昼。

 私は真昼にどんな言葉を掛けるべきなのだろう……。


「頑張ったんだけどなぁ…………っ……でも最後まで勝てなかった」


 そして真昼は続ける。

 そう、あの時の言葉────────私と佐々木の運命の歯車が決定的に回り出したきっかけとなった言葉を。



「優希を変えたのは萌結、あなたなの」



『今の俺があるのは、その人のおかげかな』


 オリエンテーションの夜、私が偶然聞いた佐々木の言葉。

 見えていたのに見てこなかった事実。

 真昼は、私と佐々木の関係性を知った時からずっと抱えてきていたのだ。

 それでも必死に抗って、迫って、少しでも振り向かせようと…………


「……ごめん」

「私謝ってなんて言ってない」

「…………」


 あぁ……バカだ。私は大バカ者だ。


「萌結も気付いているんでしょ!見た目を変えて、キャラを変えて、自分を変えた!それもこれも全部萌結のため!そんなの────」




「好きじゃなきゃ出来ないよ」




 真昼の言葉を聞くと同時、胸の中心から全身に熱いものがいきわたる。

 そう私たちの運命は、付き合った時からじゃない。別れた時から始まっていた。

 私は引き立て役に、彼はヒーローに。

 そうなることで、少しでも相手と付き合いやすくなるように。


「私は優希と別れる。だから萌結は優希と付き合って」

「え……?」

「文化祭!全部知ってるんだよ?二人がやり直すんならこれしかないでしょ!」

「でもそんなの……」


 周りが許すはずがない。

 彼が真昼と別れて私と付き合い始める。そんなの私たちが許しても周囲の人たちは許さない。

 すると私の心中を悟ったかのように真昼が叫んだ。


「周りなんて気にするな!空気なんか読むな感じるな!萌結のやりたいようにしたいように動け!萌結を動かすのは私でも周りの人でも優希でもない!萌結自身!」


 溢れ出した言葉は止まらない。

 まるでこの言葉と共に、佐々木への愛を流していくかのような勢いで真昼は叫び続ける。


「萌結が動かなきゃ何も変わらないし始まらない!萌結が始めて萌結が終わらせたんなら、また始めるのは萌結のやるべきことじゃないの?!だったらなりふり構わず動き出せー!」

「……うん…………うんっ!」


 私は決意する。

 真昼にここまで言ってもらったのだ、もうなりふり構わず突っ走ろう。空気なんか読んだ上で無視しよう。

 ここまでお膳立てされて、動けない私ではいたくない。


「わかったよ真昼」


 私はいい友を持った。

 それもきっと、この学校で佐々木に出会えたからだ。

 私は佐々木が好き。

 一度はダメになってしまったけど、もう一度やり直すことが出来るかもしれない。いや、真昼の応援に応えるためにも、私はもう一度佐々木とやり直さなければいけない。

 そのためにはまず、中村くんに誠心誠意、思いを伝えなければいけない。




 ※優希※



「優希、私たち別れよう」



 その言葉はあまりにも唐突だった。

 最終下校時刻まで作業で残っていた俺は、真昼から誘われるがままに一緒に帰ることにし、真昼の誘いで下校路から外れ少し行った所にある公園に立ち寄ったのだが…………


「……なんでか聞いてもいい?」


 俺はブランコに座る真昼に聞く。

 すると真昼は噛み締めるような口調で言う。


「…………私じゃ、ダメだったんだよ」


 ダメだった。

 それはきっと俺がまだ笹川のことを思い切れていないことを指しているのだろう。

 自分では、俺を振り向かせられなかったと言っているのだ。


「そんなことない!俺はちゃんと真昼が好きだ……っ」

「ありがとう優希。…………でもダメだよ。私と別れて、ちゃんと萌結と向き合うの」

「────っ!」


 ……何もかも全部筒抜けだったってわけか。

 真昼は続ける。


「優希は……優しいから。寄ってくる人を拒めないんだよ。だから萌結じゃなくて私と付き合うって選択肢を取ったんだと思う」


 違う…………とも言い切れないかもしれない。

 現に、中学の時だって俺は、勇気をだして告白してきた笹川を拒むことはできなかった。

 でもそれは、優しさなんかじゃない。


 ────ただの保身だ。


 自分が築き上げてきたものが壊れるのが怖い。

 クラスメイトから白い目で見られるのが怖い。

 今の関係性が崩れるのが怖い。

 自分のせいで誰かの関係性が壊れてしまうのが怖い。

 誰かに苦しい想いをされるのが怖い。


 自分が、嫌な想いをするのが怖い。


 俺はずっと保身してきただけなんだ。怖かっただけなんだ。

『好き』か『嫌い』かの二文字で誰かの何かを変えてしまうのが怖いだけなんだ。

 それは陰キャだった中学も、陽キャになった今も同じ。

 この十一ヶ月、散々痛感してきた『人は簡単には変われない』という事実。


 俺は何も変われていなかった。


「でもね、優希」


 真昼はそれでも続ける。

 どれだけ悲しい想いをさせただろう。どれだけ辛い想いをさせただろう。

 もし杏奈に言われていなければ俺は、ずっとこの関係を先延ばしにしていたに違いない。



「自分の────優希のやりたいようにしていいんだよ?」



 真昼の目には溜まっていて、溢れ出すのを必死に堪えている。

 そして俺は気付いた。



 すでに一度泣いた痕があることに。



 真昼は律儀で優しい女の子。

 きっと俺に別れを告げる前に恋敵である笹川の所に行ったに違いない。

 暗くて今の今まで気付かなかった…………いや、これも言い訳か…………単純に、俺は真昼を見ていなかったんだな……。


「……俺、彼氏失格だな」

「そんなことないよ。私を頑張って楽しませようとしてくれてたの、私分かってるんだよ。だから、そんな顔しないで」


 あぁ……俺は大バカ者だ。

 こんなにも優しい人の彼氏になれたんだ。言わなくてはいけない言葉があるだろう。


「真昼……」


 失うのが怖い。

 自ら手放すのが怖い。

 でも…………それでも、いつまでも目を背けるわけにもいかない。

 真昼はそんな俺の背中を押してくれたんだ。


「ありがとう」

「えへへっどういたしまして!」


 ニコッと笑う真昼。

 すると真昼はブランコを降りてふらふらと俺のそばまで歩み寄り「ねぇ、優希」と言う。


「最後に一つだけ」

「……?」


 くいっと顔を上げ俺を見上げる。



「キス、して」



 そっと呟き目を閉じる真昼。

 キス?あーキスね。魚のキスでしょ?そんなわけあるか!あれだよあれ、接吻ってやつだろう?またの名を口づけとも言う。ははは簡単さ、唇と唇を重ねればいいんだろ。余裕余裕♩ 俺のバイブルにもそんなシーンは山ほどあるしね!陽キャになった俺が今更キスごときで狼狽えるとでも?確かにキスは初めてだけどデモンストレーションは沢山やってきたからね!

 この間わずか0.1秒。……決して焦っていたり緊張していたりするわけではない。

 そして俺は優しく真昼の両肩を腕でおさえる。


「…………」


 気張れ俺!最後くらい男らしい所をを見せろ!

 するとすーっと真昼の頬を一粒の水滴が流れた。

 ……何を馬鹿なことを……。

 キスと言われ慌てていた自分が情けない。真昼は勇気をだしている。

 それに応えるのが、彼氏としての最後の務めだろう。



「ありがとう」



 俺はもう一度この言葉を口にし、そっと真昼の唇に自分のを重ねた────

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