第3章

第14話 元カップルと二つの恋

 ※優希※


 それは、遊園地に行ってからしばらく経ったある日のこと。

 俺は昴に、放課後ファミレスにいかないか?と誘われた。もちろん断る理由もないので二つ返事で了承した。

 ファミレスで思い出すのが俺がバイトしていた喫茶店。

 そういえば俺のやっていたバイトだが、ようやく新規のバイト君が入ってくれたようで、あくまでヘルプで入っていただけだった俺は、今はこうして暇な日々と送っている。


「単刀直入に聞くぞ?」

「え、うん……?」


 昴が少々前のめりで俺に言う。


「お前、真昼のことどう思ってんだ?」

「真昼?」


 真昼のこととはなんだろう……。いや、如月真昼当人のことを俺はどう思っているかという話なのは読めるが、それを話す意図がわからない。

 ここは変に取り繕わず思ってることを正直に言うか。


「どうもこうも、普通に友達だけど……?」

「お前なぁ……今日日鈍感系は流行らないぞ」

「俺は鈍感系じゃないぞ」


 そう、陰キャあるあるの一つに『ちょっと優しくされただけで「こいつ俺の事好きなんじゃね?」勘違い案件』というのが存在する。

 これは読んで字のごとく、モテない陰キャ童貞君たちはちょっと女子に優しくされただけで「こいつ俺に惚れてるわ」などという痛い勘違いをしてしまう。

 俺も元はそういう人間だった。


 だがそれも今は昔の話。


 女子が陰キャに優しくするのは「陰キャに優しくする私の株アゲアゲ〜」という目的の他にない。

 陰キャに優しくすることで己の株を上げ、本命である陽キャに「あの人優しいんだ……」みたいな印象を与える。


 陰キャは女子にとって己の株を上げる餌でしかないのだ。


 ……さて、本題に戻ろう。

 今の、過剰とも言える真昼のスキンシップ。きっと昔の俺ならとっくに策に溺れていたことだろう。

 だがしかし!生まれ変わった俺は騙されない。そう、真昼は元からああいう人なのだ。

 そう思えば全てに合点がいく。


「お前は真昼のこと好きなのか?」

「は?!」


 昴の質問に、俺は思わず大声をあげる。

 俺が真昼を好き?

 確かに可愛いし、おっぱいもそこそこあるし、制服のスカートから見える脚エロいなって思うけども。


「友達だ!それ以上でもそれ以下でもない!」

「そうなのか……。俺としてはできるだけ早くくっついてくれると助かるんだけどな」

「なんでやねん」


 俺は別に関西出身じゃないよ。

 俺は思わずツッコミを入れる。すると昴は少し気まづそうに言う。


「こっちにも色々事情があるんだよ」


 ……あー、笹川か。……え?

 なんで昴と笹川の恋愛に俺と真昼が絡むんだ?

 実は笹川は俺のことを好きで、真昼も俺のことが好き、みたいなラブコメにありがちな三角関係があるわけないし……。

 第一、笹川は俺のことを嫌っているはず。

 もしかして……


『私……高校デビューしたあなたに惚れちゃった……♡』


 ということだろうか?

 あれだけツンケンしているのに実は俺に惚れてるとかどんなツンデレだよ。ツンとデレの釣り合いが取れてなさ過ぎるだろ。

 ……まぁ、考えてみたもののそんな可能性は薄いと見える。


「それは多分何かの勘違いだろ。笹川は俺なんかにそんな感情抱かねぇよ」

「こういう時だけ察しいいのな。もっと他のところも察し良くなってほしいが……」


 そんなこと言われても、分からないものはどうしようもないです。



 ※萌結※


「相談があるの」

「待ってましたっ!」


 真昼に言われ、私は嬉しさのあまり声を上げる。

 何故嬉しいかですって?

 ヒロインの恋愛相談に乗るのが引き立て役の仕事だからだよっ!


「遊園地行ったでしょ?」

「うんうん」

「私、結構優希にアピールしてたでしょ?」

「してたねぇ」

「優希、気付いてないんじゃないかと思うの」


 …………有り得る。

 なんでか知らないが、あの男は人から寄せられる好意に疎い。

 私の時も全然気づいてなかったし……。


「だから、どうすればいいと思う?」

「え、えーと……」


 私の場合、爆死覚悟で告白した。まあ結局は付き合えたから結果オーライよね。別れちゃったけど……。


「……告白してみるのは……?」

「あー……いいかもだけどなぁ……勇気出ないなぁ……」


 ダジャレかな?

 ……おっといけない!真昼は真面目に話しているのだから、私がふざけるのは良くないわね。


「もうすぐ夏休みだし、何か誘ってみたら?」

「それいいかも!やっぱり夏と言えばお祭りだよね!」


 夏休みね……。

 私がもし佐々木と別れていなければ、この夏はきっと彼と過ごしていたに違いない。お祭りも海も、お互いの家にだって行ったかもしれない。

 結局私は、別れてどうなりたかったのだろう。

 自分が幸せだと思う未来の可能性を揉み消して、己すら傷付いて、それで一体何を得られたのか。


 何も得れていない。


 真昼に出会ったのも杏奈に出会ったのも、極論結果論でしかない。

 彼と付き合ったままだったら、椿高校にすら入っていない可能性だってある。

 私が選んだルートに、偶然出会いがあっただけなのだ。きっと、もう一つのルートでも、私は違う人と出会っていただろう。

 我ながらこんな考えをするのは最低だと思うけど……。


「……結、萌結?」

「……あ、ごめんぼっとしてた」


 取り返しのつかない過去の話をしても意味は無い。存在しないの話をしても無意味でしかない。

 今は真昼の相談に真剣に乗ろう。


「それでね!夏祭りと言ったら浴衣だよね!前に買ったの中学生だから入るかなぁ……めっちゃ成長したし」


 わかる。めっちゃわかるわ!

 中学の頃、身体が発育していく周囲に、私がどれだけ悩んだことか!

 目とへその間に丘ができた時、私がどれほど嬉しかったか!!!

 となると私も浴衣を買い直すべきね。


「じゃあ今度一緒に買いに行こう真昼!」

「いいね!」


 すると真昼はいつ調べたのか、椿高校近くで開催される夏祭りのホームページを私、佐々木、中村、真昼のグループに送り、続けて「これ行こう!拒否権なし!」と送る。


「楽しみだなぁ……お祭り」


 心の底から期待するような顔をする真昼に、私の胸がチクリと傷んだ────



 ※優希※


 いつもの四人で構成されたチャットアプリのグループに真昼から「これ行くよ!」と椿高校近くで開催される夏祭りのURLが送られてきた。


「「夏祭りか」」


 同じタイミングで昴も確認し、思わずハモる。

 夏祭り女の子と行くとか、もうそれ付き合ってるじゃん!と去年の俺なら言っていただろうが、陽キャならばそれくらい普通だろう。

 俺のバイブルにもそんな描写があった。


 これはむしろ好機では?


 昴と笹川が近づくのに絶好の機会かもしれない。昴の容姿は必ずイケメン枠に入る。性格もいい。笹川も断る理由がないのではないか?


 他に好きな人がいない限りは……。


 いやいや、笹川が普段話す男子といえば俺か昴しかいない。そして俺は論外…………のはず……。

 ああもう!さっき昴が変な事言うから変な事考えちゃうじゃないか!

 有り得るはずがない!だって笹川だぞ?!

 心頭滅却!心頭滅却!心頭滅却!


「……昴ももちろん行くよな!」

「男用浴衣ってどこで売ってるかな」


 おっともうその次元にはいなかったらしい。

 俺が頭の中でしょうもないことを考えているうちに、彼はとっくに浴衣屋さんの商品ページを眺めていた。


 夏祭りね……。

 もし俺と笹川が別れずに付き合っていたなら、きっと二人きりで行ったに違いない。

 もちろん、そんなことは今となっては有り得ないことだが。


「全く……どうしてこうなったんだか……」


 それでも、現状を悪くないと思っている自分がいる。

 憎くて、許せなくて、見返したいその一心だったはずなのに。

 今の俺は、笹川といることに嫌悪感も違和感も覚えない。

 きっとそれは、付き合う前も付き合ってからも俺が気付いていなかった彼女の側面をこの三ヶ月見てきたからだろう。

 あぁもう────!


「夏が楽しみだな優希!」

「そ、そうだな……!」


 昴の言葉に、俺は胸がチクリと傷んだ。

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