6.-畏れよ、爾悪の名を-

銀鶏、読書する

 私は先ほどあやのが言った通り、パック料金の時間が切れるまでスマホのタイマーを掛けて睡眠する。幸運にも余計な夢に邪魔されずにそれは続いてくれた。

 午前……結局デパート関係が開店する時間まで待って私は『人間椅子』を退店した。また戻ってくる算段で――

 とりあえず下着を換えたかったためそれを調達することにする。なるほどルミネにユニクロがあったか。

 さてルミネまで来たのだがこちらはグランデュオに較べて女性向けというか、私はなんとなく居心地の悪いデパートで (アイカなら居心地は抜群なのだろうが)こう疎外感を感じた。

 まあいい、客には変わりないのだ、堂々としていろ。私は7階のユニクロでさっさと下着を調達すると、足早にルミネを出た。そして昼食に関して途方に暮れた。

 どうせ監視されているのは分っていたが、そう外食ばかりもしていられない。また『人間椅子』でPCを使うのだから。

  コンビニエンスストアで菓子パンを買い込み(飲み物はネット喫茶で供されるもので充分だった)再び私は『人間椅子』へと戻ってきた、歩き回ったせいか時計は既に12時過ぎを指していた。


  再び1日分の料金を支払い個室シートに陣取ると、熱いコーヒーを片手に私は菓子パンをがっつき始めた。

「ネット喫茶難民」なる言葉が私の頭を過ったが、直ぐに否定した、違う帰る家もある、仕事も。ただパソコンが、パソコンが無いのだ……

 こんな事になるのならもっとアイカと緊密にしておけば? ネトゲなどしなければよかったと? もう遅い。

 私はあやのに、まるこめXに、アオヒツギにそしてjohn_doeに関わり過ぎた。


 そういえば『人間椅子』にはライトノベルも置いてあったので、私は「薔薇の復讐」シリーズを探してみたのだが――あるではないか!

……シリーズを数冊持ってきてしばし時間を忘れて読み耽った。

 主人公の遺棄された公子ゴーシェと謎の男ダオレ、アルチュール伯、ヒロインのオルランダを中心とした冒険活劇である。

 敵となるのはゴーシェの腹違いの兄シグムンド公子とその妹にして巫子のジラルディン公女か。


 その当のジラルディンという姫に関しては現にD.D.T onlineの中で会ったばかりだ。少年のような、女のような不思議な少女。作中の描写の通りに左利きでもあった。

 筆者のお気に入りなのか、彼女はヒロインであるオルランダよりも魅力的に描写されているな、と私は感じた。

――だがそのときふと私は過去のあやのの言葉を思い返した。


 『可哀想だけど引導を渡したわ。

 生かしておいても彼女はもう長くない、ここで死ぬ運命だったのよ……

 証拠にわたしのアライメントも殆ど動かないでしょう。

 しかし勘が正しければ彼女をこんな目に遇わせて、都から捨てたのはただ一人、

 この『がらくたの都』を裏から牛耳る残酷な一派が戯れにしたとしか――

 そいつは権力を持て余しすぎた幼稚な異常者だから……』


 その幼稚な異常者とは誰あろう、シグムンドか、ジラルディンかはたまた他の誰かなのか私には分らなかった。


 まだ「薔薇の復讐」の続刊は残っていたが、読んだ分だけ私はそれを書棚に返却し、再びコーヒーを手に取って席に着いた。

 こんな時間にD.D.T onlineにログインしている者など居ないだろう、そう思って私はログインする。


『がらくたの都』は再び雨であった。

 原作を少し齧った今なら分かるが、ここに雨が降ることは非常に珍しいのだ。

 雨の中少し破落戸どもを狩った。彼らの方から因縁をつけてくるのでアライメントに影響はない。多少強くなったと感じる程度だ。(そして見事なまでにアイテムを落としていかない)

 そうして街を彷徨っていると――


「何故お前が此処にいる?」


 不意に聞き覚えのある声が聞こえた。


「何故って……アオヒツギ?」


 彼女 (彼)が唐突にそこに立っていたので私は面食らった。噂通り真昼間からログインしている、青黒い長髪に灰色の眸、そして虎を屠るための太刀。間違いなかった。


「あんたこそ、何故?」


「ぼくは荒らしじゃない、Tiger chaser」


 この冬は終わらない。

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