3.-犯罪か奇跡か ―― ひとりの完璧な男-

百頭女は秘密を守る

 嗚呼、気付けば四日もあのゲームに入り浸りだった。年の瀬もクリスマスも近づくしアイカには何か睨まれるし……そう、アイカだ。彼女からまた電話があった、それも何度も。寝ていて応対できなかったので怒り頂点なり、といったところだ。

 ゲームのし過ぎで頭痛がするからまたアスピリンを服んで、銀鶏は寝床からアイカに電話を掛ける。午後2時。


「自由業だからってぶったるんじゃいませんか、銀鶏タツ? 最近どうしたの」


「年末だろ? 駆け込みで年賀状の仕事が立て込んでいるんだよ、ちゃんと仕事してるから大丈夫だって心配しないで」


 嘘です。貴女の銀鶏タツヒロはオンラインゲームに夢中で、仕事の事なんてすっかり忘れています。今晩も隙あらばログインして待ち合わせしてる他プレイヤーと逢いたいと思っているところです。だからといってアイカへの愛情が消えたわけじゃない、彼女の事は当然愛しいし大切に思っている。それに今度のクリスマスのデートのことだって――


「どうかした? 銀鶏タツ


 銀鶏の番だ何喋ろう? まさかレストランの予約の事すっかり忘れていた。なんて今更言えないし、それでアイカには2時間制の焼肉で満足して貰おうなんて考えてるなんて、今は言えない。ああ、そうだ『椅子』だ! 『女教皇の椅子』! あれについて彼女と語り合うのも悪くはない。


「ちょっと頭痛がして……でも大丈夫。ところでアイカ、この間fifth dimensionsで見せて貰った『椅子』の事だけど――」


「あれについて店長と何か喋ってたわね、でも凄かったでしょう? 『女教皇の椅子』」


「店長はあれをどこから手に入れたんだ? 普通のルートじゃないだろう」


「店長が仕入れをしてくる筋はよく分からないの、あそこに自作品を売り込みに来る子もいるし、店長が勝手に仕入れてくる品もあるし――もちろんあれは後者よ普通あんなレベルの創作物を売りには来ないわ」


「だろうね、ただ女教皇その人が座ってない。それだけで物凄く想像が掻き立てられるし、ええとその――」


「なにかモヤモヤするのね?」


「そう、私はあのとき店長にこう言おうとしたんだよアイカ、君があのタイミングで店に入ってこなかったら、『しかし椅子が示唆する彼女の存在はあまりに』」


「あまりに、何?」


「あまりにおおきすぎると」


 電話口で銀鶏のピースが嵌った音が聞こえた。そう、あの時言いたかった、店長に言いたかったのはこれだった。アイカに言っても仕方ないかもしれないが。そう相変わらずの頭痛がさせてるのかもしれないし、ともかく失神寸前の恍惚感のなかで私は応えた。


「よくわからないけどあたしたちみんなして『椅子』にハマってる気がしますね? どう、ご気分は」


「最悪だとも、アイカ」


 アイカとの間には120秒近く沈黙が続いた。あまりないことだ。そうして彼女の方から再び同じ問いが繰り返された。


銀鶏タツ? 最近どうしたの。なんかおかしいわ、普通じゃない」


「アイカにはそう見える?」


「ええとても。悩んでるのなら隠し事はなしよ、何でも話してって言ってるじゃない」


 駄目だ。とても彼女にD.D.T onlineのことなんて話せない、話したら最後家まで来てアンインストールされてしまう。恋人との間に秘密を作ることは心苦しい、しかし百頭女は秘密を守る、彼女はそれを守る。


「大丈夫、何もないさホントに、少し頭が痛いだけで。『椅子』が気に入ってるのも事実だし」


「まあ、世の中事実を述べると怒り出す人たちも居るけどね」


「私もそれには心底困っているよ、アイカ。だから付き合う人は厳選している」


 そうして銀鶏はアイカとの電話を切った。時計は午後3時を指していた。昨晩なるプレイヤーと待ち合わせないか? と話していたのだが(彼女はwikiの製作に参加しているとも言及していた)どうやらこの頭痛のせいでこの晩約束は果たされそうも無かった。これ以上ゲームをしては頭痛がひどくなる一方だからだ。

 寝てしまおう。そうだそれがいい、そう銀鶏は毛布を被った。回しっぱなしの空調、書きかけの自由な画、PCの電源を落とす。


 目を閉じると眠りは直ぐに訪れて、己のの光景の、茫漠たる不毛の雪原が広がっていた。赤い赤い空、それを反射する薔薇色の雪原。いつか視た夢だがカラスは消えていた。そこに1枚のペンキで青く塗られた扉がある。無邪気な銀鶏少年はそれを何の戸惑いも無く開くとそこは『女教皇の部屋』である。少年は扉を潜る、

 部屋はfifth dimensionsで見たものを大きくしただけの、だが精巧な室内。だが銀鶏は直ぐに部屋の異変に気付く。天鵞絨の椅子になにか青い薄物が掛けてあるのだ! それは『女教皇』その人の忘れ物に相違なかった。では彼女はいずこへかと消えたのか? そしてここへは戻ってくるのか?


 そこで目が覚めた。

 説明はし辛かったし後味は悪かった、砂を食むような悪夢だ。コンビニばかりに行っているわけにもいかないので、銀鶏は買い置きの六枚切りパンにマヨネーズで土手を作り、そこに鶏卵を割り入れるとオーブンでトーストした。簡易的な夕食の出来上がりだ。それにティーパックの紅茶を飲む。

 銀鶏が再びPCの電源を入れモニタを付けると描きかけの画を再び呼び出した。そこには虚ろな目をした少女が描かれていた、仕事ではない、では何故彼はこれを描いているのか。しかし彼はこの画を仕上げはじめた、それは今晩D.D.T onlineにログインしないための口実であることは明らかだった。


 そして冷え冷えとした朝はやってくる、PCデスクの前で放心している銀鶏の前にも。

 そして彼女は、百頭女は忍び寄る。秘密を守るためにも――


 この冬は終わらない。

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