あたしの見る夢

第12話 研究所

 チラチラと白い欠片が、空から降りてきた……地面に残る沢山の白い欠片。


 日が落ちた山間を車は奥へ奥へと進む。古びた橋が見えてきた。

 長い橋を渡ったその先で車は止まった。大きな古びた洋館。


「ここが、これからのあたしの家」


 その家は広くて暖かった、そして眼鏡の男が一緒だった。

 あたしは早くに親を無くして、施設で暮らしていた。

 あまり幸せではない生活。

 一人は慣れたが粗大ゴミのようにあたしを見る大人達。


 親を亡くし、お金も家も持っていないあたしは、邪魔な用無し。

 親戚をたらい回しにされ、結局この施設に入れられた。

 孤独ではあったけど、親戚の大人達の嫌な顔を見ないのは嬉しい。


 ある日、眼鏡を掛けた、背の高い男があたしに会いに来る。

 その男は、あたしの顔をしげしげと見てから笑った。


「君は可愛いね。頭も良さそうだ。そしてなにより、彼女に良く似ている……」


 その後しばらくして、黒い車が施設にあたしを迎えに来た。

 関東の奥の名前も場所も知らない街。

 そこへ行き、眼鏡の男の元で私は暮らす事になった。


 そこには私と同じくらいの、子供が十数人暮らしていた。

 年齢が八歳から十二歳までの女の子。

 白い服を着た大人達が、私たちの面倒を見てくれる。



 二年が経ち、私は十二歳になった。あたしはとても大事にされていた。

 そしていつしか、ここの暮らしが好きになっていく。

「大きくなったね。もう十二歳か……私も歳を経る筈だ」

 優しく私の髪を撫でてくれる、眼鏡の長身な研究員。

 あたしは、彼だけには、いつもとびきりの笑顔を見せている。

 私が住むここ、古びた建物の大きな施設。

 この施設は、何かの実験の為に建てられた大きな研究所だった。


 外見は目立たぬように、古びた洋館だけど、内部は最新の大きな機械が備えられている。そして数十名の白衣の研究員と、黒い服を着た警備員があたし達の面倒と監視を担当している。


 この大きな研究所の奥に不思議な部屋があった。


 プクプク、何か気体が昇る音と、気泡が弾ける音だけが響く。

 静寂が占めるその部屋は、大きな水槽があり、そこにゆらりと揺らめく者。

 赤い髪が腰の辺りまで長く伸び、瞳を閉じた痩身の姿の女。

 その姿は美しく怪しく神秘的だった。


「……また彼女を見に来ているの?」

 後方からの声に振り向くと、眼鏡の男が入り口に立っていた。


「うん、とても綺麗ね彼女……ねえ、生きているんでしょう?」

「フフ、まったく君は賢いね。そうファーストは生きている」

「ファースト?」

「ああ、検体一号、ファーストと私達は呼んでいる」

「いいの? 私に本当の事を言っても?」

「ああ、これくらいは別に構わない」

「……彼女は何者なの?」


「大型ハドロン衝突型加速器って知っているかな?スイスとフランスの国境に設置されている全長27Kmの装置の名前だ」

「ハドロン?」

「粒子を光速で衝突させ、その衝撃で地上では起こらない、現象を観測する装置さ」


「その装置が彼女に関係あるの?」

「そうだね、直接ではないけど関係はあるかな」

「……その辺は言えないのね」

「ああ、今はまだ言えない」

「……その装置を使って、何を調べたいの?」


眼鏡の男は指で眼鏡を直して、私の問いに答えてくれた。


装置本来の目的は、重さを発生させるヒッグス粒子、その他超対称性粒子の発見。もしかしたらブラックホールが発生する可能性もある。ブラックホールが発生し地球を消すかもしれない……そんな訴えが裁判所に出されたりした。だが、この規模のシステムでは、衝突させる粒子の質量が少なすぎて、もしブラックホールが発生しても、磁場を維持できずに瞬時に消えてしまう。観測するのは難しいだろう……と


「まるで、ブラックホールが出来ないのが残念そうね」

「ああ、残念だよ……とっても」


 眼鏡の男は水槽の女を愛おしそうに見ている。

 あたしは眼鏡の男の、水槽の中の女を見つめる視線が気にいらなかった。


「それで、その実験はうまくいかなかったのね!」

 少し語尾を上げて眼鏡の男へ言葉を放つ。


「いや、実験は続いているよ。まだ結果は出ていない……それと」

「それと何?」

「僕が興味あるのは、もう一つの可能性の方だ」

「……他にもこの世界では、自然に起こらない事があるの?」

 水槽の女を見ながら、眼鏡の男は呟いた。


「異次元世界の召還だよ」

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