第34話 刀矢の奔走

【海賀side】



「たまには男2人でカラオケもええやんな?」


 カラオケ店の廊下を歩きながら、刀矢がそう話しかけてくる。


「そうだな、刀矢に歌が上手くなるレクチャーでもしてもらおうか」


 前にも刀矢とカラオケをしたことがあるが、あの時は「もっとビブラート効かせろ!」とめちゃめちゃ熱血指導されたのを覚えている。刀矢には悪いが、その必死さが結構面白かった。


 などと回想していたら、ちょうど近くの個室の扉が開き──


 ──バダンッッッ!!


「うわっ……びっくりした」


 体感速度マッハ20で扉が閉まった。新手の悪戯いたずらか?


 まったく、これだから最近の若者は。

 すこしは暮葉のおしとやかさを見習ってほしいものだ。


 指定されたボックスはすぐ隣だったので、もう一度悪戯が来ないか注意しながら、俺たちは個室へと入っていった。


         * * *


「あー違うッ! 最後はビブラートを効かせるんや!」

「刀矢お前、ビブラートしか知らないのかよ」

「だいたいカラオケなんてな、ビブラートが上手いヤツがモテるための場所でしかないんやで!」

「各所から怒られそうなこと言うな」


 ネットにあげたら絶妙に炎上しそうなセリフを吐く刀矢。俺は冗談だと分かっているから良いんだけど。


「……まぁええわ、とりあえずドリンクバー行ってくるから、ビブラートの練習でもしとき」

「スパルタだなぁ」


 笑いながら俺は刀矢を送り出した。


        ◇ ◇ ◇


【刀矢side】



 海賀に半笑いで送り出されてボックスを出る僕。海賀、マジでビブラートは大事だぞ?

 扉を閉じ、ドリンクバーに向かって歩き始める。


「あっ」


 背後で短い声があがった。

 どこか聞き覚えのある響きに振り返ると、そこに立っていたのは目黒だった。


「……目黒も来てたんだ」

「別に良いでしょ。てか、いつもの関西弁はどうしたの?」

「あれは海賀と話す時しかやらないかな」

「ふーん、そう」


 1人分位の横幅を空けて、並んで歩く。

 それにしても、このタイミングで目黒か……。あまり良い予感がしない。


「目黒は一人で来たの?」

「そうよ」

「へぇ、目黒が一人でカラオケねぇ」


 てっきりいつものグループで来ているのかと思った。あるいは……。


「……どういう意味よ」

「いや、珍しいなって。それか、何か隠してることでも?」

「なにそれ。訳わかんないんだけど」


 やっぱり、そう簡単に口は割らないか。


 一応、海賀からは「榊が西條に接触した」と聞いている。

 それを受けて、僕は自分なりに調査してみたんだけど、どうも目黒が怪しい動きをしているらしい。

 同じ陸上部という繋がりがあるし、恐らく榊の行動にも一枚噛んでいるのだろう。


「そっちも一人カラオケ?」

「いや、友達とだよ」

「へぇ、それって神戸のこと?」

「いや、中学の頃から仲の良いやつ」


 念のため、海賀と答えるのは避けておきたい。

 言っても問題ないかもしれないが、どうも僕の勘が首を横に振っている。

 一人カラオケをしに来たという目黒の不自然さ、榊の一件まで考えると、用心するに越したことはないはずだ。

 具体的に、どんな状況ならマズいかって言うと……。


 例えば──榊が今、西條と一緒にこの近くにいるとか。


「じゃ、私は帰るから」


 目黒はエレベーターの前に到着すると、ボタンを押して乗り込む。すぐにその扉は閉まり、脇に表示される数字が3、2、1と減っていった。


「……なるほど、そういうことかよ」


 僕はドリンクバーに行くことなく、海賀のいるボックスへ走り出した。

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