絶対に振り向かせたい主人公vsもうとっくにベタ惚れなヒロイン

茶介きなこ

第1話 絶対に攻略したい俺と、全然オチない彼女

「あー、やる気でねぇ……」


 まだ5月だというのに、妙な暑さが纏わりついてくる。モチベーションの低下は5月病のせいかと思ったが、気の早い夏バテかもしれない。異常気象にも困ったものだ。

 こちとら4月に進級したばかりの高校2年生。環境の変化で色々疲れているんだ、これ以上ストレスの種を増やさないでほしい。


「おいおいおい! あと15秒だぞ! 15秒!」


 キュッ、キュッ、という体育館シューズの小気味良い音を掻き分けて、チームメイトからの声が──というか、怒号が飛んできた。


「はいはい。点いれたら文句ないだろ?」


 ……そうは言ったものの。

 動いたら疲れるし、汗かくし、セットした髪が崩れるし。

 動きたくねぇな。

 ふと、点数板を横目で見る。


『19-20』


 1点差で負けてるのか……。確実に勝つのなら、ドライブで切り込んでゴール下からのレイアップシュートだろう。

 ──でも、まぁ、スリーポイントシュートで良いか。

 正直、入るかは五分五分だ。いや、50%もないかもしれない。

 プロ選手でも外すことがあるスリーポイントを、ましてや現役バスケ部でもない一般人が正確に決めることなど不可能。

 ただ、俺は運動神経が良い方だ。スリーポイントを打ったところで無謀なプレーだと仲間に怒られることもないだろう。

 しかも、この大技が決まれば一層盛り上がるはずだし、そういう意味では挑戦してみても良いはずだ。……完全に後付けの理由だが。


「さて……と」


 試合の残り時間が10秒になったところで、ロングシュートを決めるべくボールを両手で持つ。そして、右手のみでその重さを支え、左手はそっと側面に添えた。

 ま、適当に打ちゃ入るだろ──。


「──あ、海賀くんだ!」


 跳ぼうとした直前。

 ゴールの奥、俺の前方に解放された扉から、数人の女生徒が顔を出した。


「「「きゃーーーーっ!」」」


 黄色い歓声があがる小さな群衆。

 しかし、俺にはその内の一人しか見えていなかった。

 少し俯きがちにこちらを見て、ひらひらと手を振ってくる女子。

 決して派手ではないが、おしとやかな所作も相まって、大和撫子という言葉がぴったりな美少女、西條暮葉さいじょうくれはだ。髪型はショートボブで、少し低めの身長。その愛くるしい見た目から庇護欲が搔き立てられてしまう、「守ってあげたくなる系女子」だ。

 そんな彼女の存在を知覚し、俺は──。


「斎藤! パス!」


 急に大声で呼んだからだろうか。割と近くに居た斎藤はビクッと体を震わせつつも、きっちり俺のパスを取ってくれた。


 ──残り8秒。


「もっかいパス!」


 かなり大きな声でボールを催促。これには思わず斎藤もノータイムでパスをしてくれる。

 俺はボールを受け取ると、ゴールに近づくため時計回りに走った。その時、相手チームの一人が進路をふさごうと追いかけてきたが、ドリブルしたまま加速して引き離し、そのまま突破。


 ──残り6秒。


 目の前にはがたいの良い男子生徒が立ち塞がる。

 俺は向かって右側──つまり、ゴールの正面に向かって体を傾けた。それにつられて相手の姿勢も傾いた所で一度動きを止め、また動き出す。

 すると目の前の大男はバランスを崩して盛大に横転。これが俗に言うアンクルブレイクというやつだ。


 ──残り3秒。


 俺はそのままフリースローラインでシュートフォームに入る──ふりをして、またドリブルを続ける。シュートを横からカットしようとしてきた奴がいたからだ。

 シュートカットをしようとした男子生徒は、続けざまにボールへ手を伸ばして略奪を試みている。強引にドリブルで躱そうとすると、相手は肩を入れて少々荒っぽいプレーをしてきた。俺はすかさずドリブルを右手から左手に変える。すると眼前で腕が空を切ったかと思えば、相手は前身から倒れ込んだ。アンクルブレイクだ。


──残り1秒。


 あとはシュートを決めるだけ。

 しかし、場所が良くない。ここはゴールの真下だ。

 かと言って、遠くまで移動する時間はない。体を半回転させながらダンクできれば良いのだが……流石の俺でもそこまでのスーパープレーは出来ない。

 ゆえに、一歩前に踏み出しつつ、跳んだ。

 スローモーションで時間が流れる中、斜め上に伸ばした右腕、その先にある掌からボールが離れていく。


 ──残り0秒。


 ブザーがやかましく鳴って、試合の終了を告げた。そのけたたましい音量で集中力が薄れ、時間の流れは元に戻る。


 パサッ──


 背後のゴールネットから心地よい音が響いた。どうやら、背面のレイアップシュートが決まったらしい。


「うおおおおおおおおおおおお! 海賀、ブザービーター決めやがった!」


 チームから歓声があがる。……なんなら、スリーポイント入れるより盛り上がっているかもしれない。結果オーライだな。


「「「きゃーーーーーっ!」」」


 こっちからも歓声が。俺が軽く手を振ると、黄色い声は一層大きくなった。

 ふと、暮葉と目が合う。俺はその瞳に吸い込まれるように、引力に抗うことなく彼女のもとへ近づいていく。


「暮葉、どうしてここに?」

「あ、えとね、女子は隣のテニスコートで体育やってたから、帰りに寄ってみたの」


 暮葉は続けて、はにかみながらこう言った。


「かい君、さっきのプレー凄かったね」


 凄かったね、凄かったね……凄かったね…………。

 脳内で暮葉の可愛らしい声がエコーし、身悶えしそうになる。

 ──が、本当にここで悶え始めたら気持ち悪いので我慢。


「お、おう。ありがと」


 平静を繕い、いつも通りの対応。ついでに頭をポンポンと優しく撫でた。

 正直これをするのは結構勇気がいるのだが、俺のキャラならむしろしない方が不自然まであるので、問題ないだろう。俺の心臓が持たないという一点を除いて。


「は……っ?」


 突然、暮葉が気の抜けたような顔をして、こちらを見つめてきた。


「ん?」


 異変を感じ取り、反射的に小首を傾げる俺。

 そこに、暮葉は決定的な一言を叩き込んだのだった。


「…………きもっ」


 そう言って、暮葉はすーっと後ろに倒れ──周囲の女子が慌てて抱きかかえる。


「西條さん!? ……た、大変! 西條さんが気を失っちゃった!!」

「えっ、暮葉? 噓でしょ?」


 俺は予想外過ぎる事態にまごつくことしかできない。

 え、俺キモいって言われた?

 てか、俺がキモすぎて気を失ったの? そんなことある?

 その後、たまたま近くを通りかかった養護教諭の先生におんぶされて、暮葉は保健室へと搬送された。女子たちから事情を聞いた先生は一瞬こちらを睨みつけてきたのだが、「俺がキモいことしたせいです、すみませんでした」って言うべきだっただろうか……。

 ま、まあ、そんなことはどうでも良い。それよりも暮葉の容態が心配だ。

 すぐに追いかけよう。落ち込むのはその後でもできる。






ーーーーーーーーーーーー

《作者より》


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