第3話 月の夜の出撃

 板野が、武市半平太の情報を掴んできたのも甘味処でのことだった。祇園の茶屋は芸妓をあげて遊ぶところだが、長州を中心に口に尊王攘夷を唱えながら無法を働く輩の溜まり場のようなところだ。板野は祇園にある馴染みの甘味処でその情報を聞き込んできたらしい。土佐の武市半平太が尊攘の士を定期的に集めて会合を持っているというのだ。


 土佐の武市といえば、土佐藩京都留守居加役を務める攘夷派の大物。文久二年に続いた天誅騒ぎの黒幕といわれていた男だ。「みぶろ」の幹部は色めきたった。そして、板野新二郎に間諜としてその会合に潜り込めとの命令がくだされた。


 危険な役目だ。おれは反対した。しかし本人は飄々としたものだった。


「命令だ。構わんよ」

「命に関わる」

「……おれの心配をしてくれるのか。土方」

「……」

「もとより、大義のために命は捨てる覚悟だ――ありがとう」


 おれはおどろいた。普段、ありがとうなどと口が裂けても言わないような男だったから。板野の覚悟のほどは知れた。


 納得できないおれは、隊舎に駆け込んでこのときすでに「みぶろ」の幹部だった近藤さんに噛みついた。板野を見殺しにするつもりかと。


「決まったことだ」


 歯切れが悪く近藤さんらしくなかった。ただ、近藤さんが迷っているのがその目をみれば分かった。差し出口はするまい。おれはこの件から遠ざけられた。


 しばらくは、ふてくされて寝てばかりいた。気晴らしに外へ出てみても、おれの知ってる気晴らしの場所といえば、板野に連れて行かれた甘味処をばかりなんだからな。そのあいだ、板野や武市半平太のうわさはひとつも聞こえてこなかった。


 そうしているうちに日がたち、板野や武市のことを思い出さなくなったある夜のこと。おれたちはたたき起こされて手甲、脚絆に鎖帷子を着込むよう命じられた。灯火の明りで刀の目釘を改める。隊士たちはだれも理由をしらなかった。半刻後、十数名の「みぶろ」たちが月明かりに照らされた道を走りだし、その中にはおれも混じっていた。


「裏切り者だ」

「裏切り者を始末するんだ」


 だれがそう言いだしたのかは分からない。しかし、「みぶろ」裏切りは絶対にゆるされない。駆けてゆきながら、おれたちのなかで殺気が高まっていくのは分かった。


 隊は途中で3つに分かれた。目的地が近づいてきたのだ。おのおの分かれて裏切り者を探索する。

 おれは芹沢の班にいた。そう、このあとで粛清される「みぶろ」の局長、芹沢鴨だ。めっぽう強い男だったが性格は破綻していた。おれは大嫌いだった。きっとやつもそうだったんだろう。おれを呼んでこういったんだ。


「板野新二郎と仲がいいそうだな」

「……はい」

「『裏切り者』は、板野だ」


 芹沢のにやついた顔にも衝撃はなかった。なぜだか分からないが、予感のようなものがあったのだろうと思う。板野新二郎は、おれとは反対側にいるべき男なんだと。


「板野を見つけたら、お前が斬れ」

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