第二章 技の勇者との出会い

第20話 黒髪の少女

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 もう夜も更け始めてきて、辺り一面真っ暗闇となっている森の中を、一人、駆けるものがいた。

 彼女は、何度もちらちらと後ろを確認していて、まるで何かに追われているかのようで、息が切れて足がもつれそうになりながらも足を止めずに走っていた。


 すると、彼女の後方で眩いほどの光と、何かを叫ぶ声が聞こえて来た。

 その声は、魔物や獣の住む森の中だという事を考えていないのか、ただ出せる最大の声を張り上げているようで、かなり距離のあるはずの彼女の元まではっきりと何を言っているのか聞こえて来た。


「どこに隠れた! 卑怯だぞ、勇者なら正面からかかってこいよぉ!」


 もはや、怒声のような、実際に感情が高ぶっているのだろうが、大声で、彼女を探す声が聞こえてきて、彼女は走る足を速めた。


 ズズン……と、何か重いものが倒れるような音が何度も響き渡る中、彼女は自分の知識と照らし合わせながら、ここから最も近いはずの町へと走る。


(卑怯なのはどっちよ! ヒトの話も聞かずにいきなり襲ってきたくせに!)


 追手の言葉に、彼女も心の中で吠えながら、敵わないのは分かっているからこそ逃げることに全力を尽くしていた。

 魔力を使うと感知されるかもしれない、そうでなくても足音などで位置がばれるかもしれない恐怖と戦いながら、これまでの人生でここまで出したことないほどの集中力と底力で、走り続けるのだった。






「……え? オーガ、ですか」


「そうよ、この町から出てすぐの森で、オーガの痕跡が発見されたのよ。それで、現在Cランク以上の冒険者に討伐を依頼しているけれど、すぐに見つかるかは分からないから、しばらくはオーガが出てくると思って行動してね」


 Ⅾランクになって数日経ったある日、いつも通り何か依頼をこなそうかと冒険者ギルドに来て、薬草採取の依頼を受けようと受付に行ったところで、マリーからそう忠告された。


「そう言えば、まだオーガは見たことなかったなぁ。流石に勝てる気がしないけど、ちょっと見てみたいなぁ」


 冒険者ギルドを出ながら、愛斗はオーガについて考えて歩いていた。


「ピギィ!」


「はは、分かってるって。動きも早いみたいだし、見つからないように、安全に行くさ」


 愛斗の考えを読んだのか、諫めるように肩に乗っているスラミー、この間従魔登録したスライムが声? を上げた。

 愛斗も勝てそうもない相手にわざわざ正面から衝突したくも無いので言葉を返しながら門へと向かっていった。


「おう、今日も薬草採取か? オーガが近くにいるらしいし、気を付けろよ」


「ゴンツさん、ありがとう! じゃあ行ってきます!」


 門から出る時もゴンツから声を掛けられながら、いつも通り森の中に入って行った。

 今日の目的は薬草ではあるが、薬草採取だけでは自分で決めた宿で暮らすには厳しいので、出来ることならばオーク、もしくはゴブリンあたりでも出てきて欲しいな、と思いながら歩いていると、遠くの方から何か聞こえてきた気がした。


「んー、あっちかな? オーガだったら逃げればいいし、ちょっと様子見に行ってみようか」


 肩に乗ったままのスラミーに声を掛けながら、愛斗は相手に気が付かれないように注意しながら音の聞こえた方へと向かい始めるのだった。




「……! …………っ!」


 ある程度近付いてきたところで、ようやくその声が聞こえ始めた。

 どうやら誰かが何かに追われているのか、叫びながらあちこちへと走っている足音と、その後ろからやけに重そうな何かが追っているかのようだった。

 木の陰から、こちらのことがバレないように気を使いながら様子を伺おうとすると、冒険者には見えない軽装の、愛斗とそれほど歳が離れていなさそうな黒髪の女の子が、赤い身体の、鬼としか思えない何かから逃げているところだった。

 もしかしてアレがオーガなのか、と顔を引っ込めようとしたその時、何かを感じたのか、黒髪の少女は愛斗のいる方向へと顔を向け、そして目があった。


 しまった、と思い顔を急いで引っ込めたが、女の子にはバレたのか、足音がこちらへと向かい始めていた。

 ヤバイ、と思う間もなく、いつの間にそこまで近くに来ていたのか、


「そこに居る人! 助けて!」


 と声を掛けられた。

 これが、冒険者なら何か作戦があって逃げているふりをしているのかもしれない、愛斗にはそんな考えがあったが、助けを求められてはそうでは無いのだろうと判断してしまった。

 とはいえ、相手は明らかに格上、おそらくオーガと思われるものが、こちらに向かって走ってきている様はかなりの威圧感を放っていた。

 とはいえ、既にかなり近い距離、ここから逃げようにも愛斗の存在もすぐに露呈するだろう。

 黒髪の少女もどれだけ追いかけられていたのかは分からないが、既に疲労しているようで、そちらも時間が迫ってきている。


 もう既に、愛斗には取れる選択肢が限られていた。

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