22. 群戦
藤代環は軽いパニック状態に陥っていた。
理由は単純明快。複数の足音が自分の部屋の前でパタリとやんだからだ。部屋の前の廊下を歩いていたら突然異世界転移してこの場からいなくなったとかであればどんなに良かったことか。だが、現実にそんな事は起こりえない。自分の部屋の前に複数の誰かがいる事は間違いなかった。
環は部屋の前にこっそり設置したカメラをスマホで起動する。まずは敵情視察が重要だ。それは
手汗でびっしょりの指でスマホを操作する。まず初めに画面に映ったのは、肩にかからない程度の長さの髪をボブカットにしている少し釣り目の美少女。彼女は見た事がある、渚美琴だ。相変わらずの惚れ惚れするほど完成された容姿をしている。同性の自分でも思わず見惚れてしまうほどだ。
そして、次に見えたのは見覚えのない男子生徒だった。渚美琴が部屋の前にいるのであれば、必然的にこの男は久我山颯空という事になる。だが、おかしい。自分が聞いた颯空の恰好は、不良らしく耳にピアスをつけ、銀のネックレスや指輪をしているはず。もしかしたら久我山颯空は先に帰ってしまったのだろうか?
いろいろな思惑が環の頭を駆け巡っていると、正体不明の男子生徒が扉の前に立った。まもなく自分の部屋の扉はノックされる。果たして彼はどんな風に自分に声をかけてくるのだろうか。優しくだろうか、フレンドリーにだろうか、それとも事務的だろうか。
「おうこら! この扉開けろ! そこにいるのはわかってんだよ!! さっさと出てこねぇと痛い目見せんぞ!!」
「ヒッ……!!」
心臓が破裂した。思わず小さな悲鳴を上げてしまった。震える手で落っことしたスマホを拾い、恐る恐るのぞき込む。渚美琴が正体不明の男に怒りをぶつけているようだった。いや、正体不明などでは断じてない。敏腕借金取りのような
「……藤代環さん? 初めまして、私は渚美琴。あなたのクラスメートで生徒会役員を任されているわ」
久我山颯空との話を終え、次に前に出てきたのは渚美琴であった。猫なで声に近い感じで声をかけてきたのだが、体が震えて声を出す事が出来ない。カメラ越しに美琴があの学園最恐の男を怒鳴る姿を見た以上、彼女も久我山颯空と同程度に恐ろしい。体を包んでいる毛布を更にきつく巻き付け、ギュッと目を瞑った。
「あぁ、どうして私達が環さんの家に来たのか不思議よね……」
渚美琴が何かを言っているが耳になどはいらない。なぜ自分に絡んでこようとするのだろうか。学校に行っていないだけで、誰にも迷惑などかけていないというのに。生徒会の役員にも不良にも心の底から関わり合いになりたくないのだ。
「当然、生徒会役員としてって……」
自分の聖域を荒らさないで欲しい。さっさと帰って欲しい。自分の事など綺麗さっぱり忘れて欲しい。
「……もし、ほんの僅かでも学校に行きたいって思いがあるなら、少しだけ私とお話してくれないかしら?」
こういう時、無性にゲームをやりたくなる。あの没入感、嫌な事などすべて頭の中から吹き飛ぶのだ。ゲームさえすれば、キリキリと痛むこの胃だってすぐに痛みが引いていくはず。ぐわんぐわんと揺れている脳みそだって、シャキッとクリアになってくれるはず。ゲームさえやれば……ゲームさえ……。
ダッダッダダッダーン。
ハッとした。右も左も分からない土地で知己に出会えた安堵感、それに似た何かが体の中心からじわじわとあふれ出していく。毛布から抜け出し、そろりそろりとドアに近づいて耳を澄ませる。……やっぱりそうだ。このBGMには聞き覚えがあった。いや、覚えなんてレベルではない。ここ最近、ずーっとやっていたゲームのタイトルミュージック。耳にタコができるくらいに聞き続けたものだ。確かこのゲームのタイトルは……。
「
自然と口から言葉が出てきた。慌てて手で口を押え、外の様子を窺う。……沈黙。さっきまではうるさいくらいに声が聞こえていたというのに、今は誰も話していない。背中で冷たいものが流れ落ちる。
「お前……!!」
その沈黙を破ったのは久我山颯空だった。その声は何かを抑えつけたようだ。それもそうだろう。どんなに話しかけられても返事をしなかった自分がゲームの音如きに反応すれば怒りを感じるのは当然だ。急いで定位置に戻り、毛布にくるまる。これから訪れる
「環! お前もこのゲーム、やってんのか!?」
「……へ?」
予想外の言葉にまたしても声が出てしまった。怒りの言葉を投げつけられると思ったら、まさかの事実確認ときた。しかも、少しだけ嬉しそうにも聞こえる。
「え? え? ちょっと待って。一体何の話をしてるの? その群雄なんちゃらって何よ?」
渚美琴が困惑したような声を上げた。それを聞いた久我山颯空が盛大にため息を吐く。
「|群雄割拠・戦国宇宙大合戦DXだよ。略して
「し、知らないわよ! それは何!?」
「俺がやってるソシャゲのタイトルだよ」
「えぇ!? ちょこっと曲を聞いただけで何のゲームをやっているのか、環さんは分かったっていうの!?」
渚美琴は心底驚いているようだが、別に驚くような事ではない。なぜならこのゲームは……。
「はぁ!? お前このゲームはなぁ、BGMが超神がかってんだよ! 聞く奴が聞けば最初の一音か二音ですぐ分かるっての!」
「そ、そうなの?」
「かと言ってゲーム性が劣ってるなんてことはねぇ。自分の分身であるキャラクターが
「そ、それは、す、すごいわね……」
熱弁する久我山颯空にちょっと引き気味の渚美琴。対する自分は少しだけ喜びを感じていた。群戦は間違いなく神ゲー、それは自信をもっていう事が出来る。ただ、それを共感してもらえる者が自分の近くにはいなかった。……そもそも自分の近くに人がいなかったというだけの話ではあるが。
「群戦を知らねぇ奴は下がってな。話にならねぇよ」
「ちょ、ちょっと! そんな言い方ないじゃない!」
「ここからは神聖な群戦プレイヤー同士の会話だ。部外者はすっこんでろ」
「くっ……!!」
まさか学校一の不良が群戦をやっているとは。今まで感じた事のない気持ちが自分の中で湧き上がっている。
「さて、邪魔者がいなくなったところで……環、群戦のID教えてくれよ」
そんな期待に満ちた声を聞いた自分は、スマホを片手にごくりと唾を飲み込んだ。
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