14. エピローグ
教室に戻ると、いたのは不安そうな面持ちで自分の席に座っている美琴だけだった。颯空に気が付くや否や美琴は慌てて立ち上がり、すぐさま颯空へと詰め寄る。
「大丈夫だった!?
「落ち着けって。何もやってねぇから安心しろ」
「……何もやってない? あんたが?」
不安に満ちた表情から一転、美琴が懐疑的な目を颯空に向けた。あんなにも怒りを露わにして屋上から走っていなくなっておきながら何もやっていないとは、美琴には
「本当に何もやってねぇって。机を両手で叩いたくらい」
「会長机を叩く……!?」
「別に壊してねぇから問題ないだろ」
あっけらかんと告げた颯空に、美琴は
「…………まぁ、殴りかからなかっただけ良しとするわ」
そう言って自分を無理やり納得させる。生徒会長に暴力など退学待ったなしの重罪になりかねない。
「そういや立ち直ってんのな。お前」
「え?」
「いや、さっきまで屋上でナメクジみたいにうじうじしてたじゃねぇか」
「ナ、ナメクジって……」
盛大に顔を引きつらせる美琴。かなり失礼な発言ではあるが、強く否定する事はできない。
美琴は小さく息を吐き出すと窓の方へ歩いて行き、夕焼けに照らされている校庭を眺める。
「……久しぶりだったわ。あの感じ」
「久しぶりって何が?」
「ああやって正面から感謝された事よ」
そう言いながら美琴は窓を開けた。それと同時に春の爽やかな風が教室を吹き抜けていく。
「最近の私は人の粗探しばかりをしていたから感謝される事なんてなかったわ。だから、あんな風に言ってもらえて嬉しかった。そして、同時に自分は間違ってなかったって思えたわ」
「神宮寺のバカに意見したことがか?」
「そうよ。……って、言葉を
「これでも精一杯言葉を慎んだ結果の言い方だ」
不貞腐れた顔をしている颯空を見て、思わずため息が出た。どうにもこの二人はそりが合わないらしい。
「……会長に意見した事を思い出すと、今でも震えが来るわ。でも、それ以上に誰かに感謝されるっていう充足感が凄かったの。まぁ、実際には私達はほとんど何もしてないんだけどね」
「あいつの掌の上で転がされただけだ。すげー腹立つ」
「ふふっ、そうね。会長は全てをお見通しだったものね」
嬉しそうな美琴を見て、益々颯空の機嫌が悪くなる。そんな彼に美琴は優し気な笑みを向けた。
「あなたには感謝してるわ。昨日の夜、理由も言わずに呼び出された時は二三発お見舞いしてやろうかと思っていたけど」
「感謝される義理はねぇよ。それにお前のパンチなんて食らっても痛くも痒くもないし、そもそも俺には当たらねぇ」
颯空が小馬鹿にしたように鼻で笑う。普段の美琴であれば怒りを感じたであろうが、今日はなんだかそんな気が起きなかった。
「大事な事を思い出させてくれたわ。私の目的は一人一人の生徒に寄り添う事……
「ポイントは稼いでいくわけね」
「当然でしょ! 生徒会長になる事は目標の一つなんだから!」
グッ、と力強く拳を握った美琴を見て颯空が苦笑する。
「
弱みを握って誰かを利用するなんてもう止めにする。今からあなたは自由よ。
そう言おうとしたのに、なぜか言葉が出てこなかった。理由は分からない。ただ一つ言える事は、この男との繋がりを断ち切るのを体が全力で拒絶しているという事だった。
「…………ほらよ」
「えっ?」
颯空があるものを投げ渡す。動揺しながらそれをキャッチした美琴は眉をひそめた。
「なにこの錆び付いた鍵は?」
「この棟の一階にある資料室の鍵だとよ。神宮司に渡された」
「え? 会長に?」
美琴が混乱する中、颯空はこれ見よがしにため息を吐く。
「俺には色々と足りてないから生徒会に入る資格はないんだと。だから、その教室を貸してやるからお前に色々と教われってさ。あと、補佐もしろって」
「っ!? そ、それって……!」
「あぁ。くそかったるいけど、もう少しお前に付き合わないといけないらしい」
颯空が面倒くさそうにガシガシと自分の頭を掻いた。対する美琴は何とも言えない不思議な感情にとらわれる。
「まぁ、生徒会に入るってのが約束だったしな。その約束を果たせてない以上、俺はお前の言うことを聞かざるを得ないってわけだ」
「……そ、その通りよ! 私と一緒に清新学園のために働いて神宮司会長に認めてもらう事ね! じゃないとあなたの秘密、会長にばらしちゃうんだから!」
「なっ!? ふ、ふざけんなっ!!」
あんなにも食えない男に自分の秘密を知られればどんなことになるか。想像するだけで恐ろしかった。自分の思った通りの颯空の慌てぶりに、美琴はにんまりと笑みを浮かべる。
「なら、しっかりと私に協力することね! 安心しなさい。生徒会に入る事が出来れば約束通り解放してあげるから。それまでは精々こき使ってあげるわ!」
「……悪魔だ、この女は」
嬉しそうに笑う美琴にうなだれる颯空。そんな二人を見ていたのは包み込むような春風だけ。
生徒会役員と不良。
相反する二人が紡ぐストーリーは、この暖かな春の季節から始まった。
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