第7話 再会

 しばし、半ば呆然と、堤に座していた仙千代だった。

 

 「四方の山々が尾張を飾る屏風のよう……」


 先ほど「兄」が呟いた言葉を反芻してみる。

あの暖かな感覚を忘れることは難しかった。


 名をお尋ねしたら「奇妙な……」とおっしゃった……


 どれほど変わった名前なのかと興味は残る。

 だが、やはり最後は、


 もうお会いすることはないのだから……


 と、鴛鴦おしどりかりが行き来する川面を眺めるでもなく眺めた。

 

 「仙!やはり仙千代か!」


 うつつに引き戻す大きな声で呼ばれた。

 座ったままで見上げると、長谷川竹丸が立っていた。


 「久しぶり!本当に久しぶり!」


 竹丸はこれ以上ないというほどの笑顔だった。

 仙千代も目を見開いた。


 「わぁ、竹丸!竹だ!」


 竹丸の父親は織田家の重臣で、長谷川与次といい、

この儀長から北へ三里の北方に屋敷や知行地があった。

 叔父にあたる長谷川橋介は今は織田家と縁が切れているとはいえ、

桶狭間の合戦の際には信長の最側近として出立した五人の中の一人で、

竹丸も今年の春から岐阜城へ小姓となって出仕していた。

 

 「あーあ、何じゃ、背中にギンナンの汁が」


 「うん、転んだら付いた。餅に匂いが付かぬよう、ここに」


 「着物を借りよう。橋本様の御家来にお願いして。

せっかくの餅つきじゃ、斯様なところに居らぬでも」


 竹丸が仙千代の腕を引っ張り上げ、立たせた。

 

 竹丸は仙千代より一才年長だった。

互いの親が織田家家臣ということで、あちらこちらで偶然会ううち、

口をきくようになり、度々子供同士で集まって遊んだ。

 今日は、殿の御伴で昨夜一泊した清洲城から岐阜へ帰る途中、

儀長城での餅つきに橋本様が一行をお誘いになり、

竹丸も立ち寄ったということだった。

 

 岐阜の城に上がって殿にお仕えすることは大変な名誉で、

望んで叶うことではないと聞いている。

 竹丸は秀才と名高い上に眉目秀麗、家格も十分で、

抜擢されて当然だった。

 仙千代や彦七郎、彦八郎は、未だ信長の顔を見たことがないが、

竹丸は幼い頃から知っていて、小姓になることも、

ずいぶん前から決められていたらしかった。


 「図々しくないか?慌ただしい最中に着物を貸せとは」


 「大丈夫、大丈夫。いざとなれば殿に言っていただく」


 竹丸は仙千代の手をぐいぐい引いて、城へ近付いていく。

確かにこのまま何の手伝いもせずいることは心苦しかった。

散々遊んで遅刻して今更ではあるが、

彦七郎や彦八郎にも申し訳なさでいっぱいだった。

 それにしても、


 「いざとなれば殿に……」


 と、何なく口にする竹丸は、

仙千代が知らない世界に身を置いているのだと、

あらためて感じさせられる。


 「竹は何故、あそこに?」


 「ちょっとした騒ぎがあって、まぁ、大過なく済んだんだが、

怪しいことは何もないか、念のため辺りを確かめておった。

すると仙千代が相も変わらず、例によって白昼夢を」


 「相も変わらず……うん……しかも、臭くてすまぬ」


 「着替えれば済むことじゃ」


 竹丸は一人っ子だった。父親も兄弟姉妹が居ないらしく、

親戚縁者が非常に少ない境遇だった。

 そのせいなのか、仙千代をよく可愛がってくれた。

頼まずともやたら仙千代の世話をしたがって、仙千代は、


 姉妹すら居ない一人っ子は寂しいんだな……


 と、見ていた。

彦七郎や彦八郎は近所の幼馴染み、

竹丸は気の置けない友といった感覚で、

両者は共に大切なのだが、微妙に違った。

 











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