第28話 side:レイモンド18



 屋敷に戻ると出迎えるはずの使用人が極端に少なかった。


 その場にいる者にどういうことかと問うと、屋敷にもハンナ死亡の知らせが届き、彼女と親交の深かった使用人たちが次々と辞職していったという。


 紹介状も無く勝手に辞めてどうするつもりだと思ったが、聞くとハンナは『我が家に何かあった時に次の勤め先がすぐ見つかるように』と言って使用人には紹介状を前もって手渡してあったそうだ。残っていた使用人は、俺の実家との縁故で採用した者だけだった。


「レイモンド様!奥様が亡くなられたというのは本当なんですか?!…………ああ!まさか……」


 部屋の奥からイザベラが飛び出してきて、俺が抱えている黒い布に覆われた箱を見て、みるみる顔をゆがませて涙を流した。その様子を使用人たちは嫌悪のまなざしで見つめていて、その不穏な視線は俺にも向けられていた。


 このままではまずい。ハンナが亡くなった知らせを各所に出せば、屋敷に弔問客が訪れるだろうが、イザベラがいてはもめ事になるのは必至だ。愛人契約をハンナが認めたと言ったところで、それを信じる者がどれだけいるだろうか。


 これからのことを考えると、暗澹たる気持ちになった。



***


 翌日に軍部へ妻の死を伝えに行くと、死後の手続きを行ってくれた駐留軍からすでに報告が来ていたようで、まずはお悔やみの言葉を皆から伝えられた。


 妻が死後長期間放置された状態であったことを誰かに責められるかと思ったが、それよりも、雇っていた使用人の所在が分からなくなっていることが軍部では問題になっていた。

あの老婆の使用人が妻を何らかの方法で害したと軍部は考えていて、斡旋業者とも連絡がとれなくなっていることから、最初から計画的に行われた犯罪だという結論になっていた。

軍人である俺に恨みを持つ者が妻を狙ったのだとすると、他の軍人の家族も同じように危険が迫っている可能性がある。

軍部の高官は自身の身辺と家族の交友関係を精査するようにと通達が出て、皆そちらに意識を割かれてハンナの死の状態はほとんど話題に上らなかった。



 ともかく俺は調査が済むまで軍の施設と家以外は外出を禁じられ、仕事もしばらく休むよう言われた。


 警護がつけられたので、勝手に出歩くこともできず、俺は軍での取り調べと家との往復だけの生活になった。


 不自由だがひとつよかったのは、人の出入りを制限しているので、弔問客が訪れることもなかったため、イザベラのことがハンナの知り合いに知られずに済んだことだ。 

 イザベラを別宅に移す予定だったが、こうなっては彼女にも身の危険があるため屋敷から出すわけにいかなくなったので、訪れる者がいない今の状態は非常に有難い。



だが使用人とイザベラの諍いは相変わらずで、新しく雇って人もだいぶ入れ替わっているのに、イザベラは度々使用人と揉めていて、俺が家にいる時間が多くなったせいもあるが、彼女から四六時中愚痴や文句ともつかない話を聞かされて、俺は少々うんざりしていた。


嫌がらせを受けていると最初は言っていたが、今は『使用人の態度が悪い』や『呼んでもすぐ来ない』など、少しわがままに思うような内容ばかりで、出会った当初の明るくて優しい人だと思っていたのに、接する時間が長くなるほど、彼女に対する認識は変化していった。


 それでも、愚痴を言っていない時のイザベラは相変わらず明るくて、書斎で書類仕事をする俺をねぎらって茶を運んできてくれたりして、彼女の存在に癒されていたのも事実だ。


 だが、ハンナが亡くなってから、イザベラは時折、『私が奥様のかわりにあなたを支えたい』というような言葉を投げかけてくるようになって、少し風向きが変わってきた。


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