第24話 side:レイモンド14



 家令から、『奥様から手紙の返事がこない』と訴えがあった。


 俺を通さず勝手に手紙を送ったことに最初は憤ったが、領地のことでどうしてもハンナにしか分からないことがあったから、急ぎ手紙を送ったのだと言われ、そんなことよりも返事が返ってこないことのほうが問題だと怒りながら反論された。


「旦那様はあれから奥様に手紙を送りましたか?あちらでの使用人から連絡は?定期報告はさせていないのですか?返事がないなんておかしいです。なにかあったのかもしれません」


「落ち着け。郵便事故などよくあることだ。心配ならもう一度出してみればいいだろう。雇った使用人は、移民なので文盲なんだ。でも何かあれば代筆屋を使って連絡しろと言ってあるし、それに管理業者も定期的に訪問しているはずだ。連絡がないということは問題の無い証拠だろう」


「文盲の……移民が使用人、ですか?そんな身元不確かな者に奥様の世話をさせているのですか?何を考えているんですか!旦那様、今すぐ別荘に様子を見に行くべきです。なにかあってからでは遅いのですよ」


 言われていることはごく真っ当な意見なのだが、その言い方は明らかに使用人としての立場を超えたもので不快感を覚えた。

 確かにハンナの様子をそろそろ見に行くべきなのだろうが、イザベラのお腹が大きくなってきて、産み月にはまだあるが動くのも辛そうにしているのだ。そんな状態の彼女を、味方がいないこの屋敷に一人にして、もし何かあったらと思うと心配だった。


「……分かっているが、別荘のほうはもう雪が深いだろう。今行くのは無理だ。雪解けの頃には必ず行くよ」


 俺がそう答えると、家令は心底軽蔑するような目を向けてきたが、雪の季節の湖畔地方に行くには我が家にある馬車では無理があると自分でも思い至ったのか、おとなしく引き下がって行った。


 イザベラのことにかまけて、ハンナを放置してしまっているな……。

 その自覚はあったが、今は仕方がないと思っていた。


 家令とそんなやりとりをした数日後、朝、俺は妙な不快感を覚えて目が覚めた。


 ちくちくと刺すようなかゆみを背中に感じ、起きてから鏡で見てみると、赤い発疹が背中にいくつかできているように見えた。


 過去の呪いを思い出して一瞬ぞっとするが、虫に刺されたような跡だったので、気持ちを落ち着かせてイザベラを呼んだ。


「おい、ちょっと俺の背中をみてくれないか?赤くなっているところあるだろ?虫刺されかな?」


「え?……ベッドに虫がいるのかしら?メイドさんたち、ちゃんと掃除してくれていないですね!」


 イザベラは怒りながら『注意してこなきゃ!』と言って部屋を飛び出して行った。そうではなく、背中がどうなっているか見てほしいだけだったのだが、イザベラは少し直情的すぎるなとため息をついた。



 大したことはないと思ったが、一応仕事の合間に軍医の元へ赴き、背中の発疹を見てもらうと、虫刺されというよりなにかにかぶれたのではと言われ塗り薬を出されただけだった。


 まあそんな大したことではないと自分でも思っていたので、薬をもらってそれですぐに治ると思っていた。


 だが、その発疹は日を追うごとに広がっていき、薬を塗っても治る様子がない。夜中に無意識に掻いているようで、時々イザベラに揺り起こされるようになった。


「ねえ、レイモンド様。寝室を分けてもいいかしら?ホラ、そろそろ臨月も近くなってきたし、私も眠りが浅くって……」


 イザベラにそう提案され了承したのだが、最近の彼女の態度がよそよそしいというか明らかに避けているのが分かって、眠りが浅いからというのは私から離れたい口実なのではと思って嫌な気分になった。恐らく背中の発疹を気にしているのだろう。医者から感染症ではないと言われていると伝えたのだが、あまり信じていない様子だった。


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