第7話



別荘までは夫が休みを取り私を送り届けてくれることになった。


私の世話と屋敷の管理に、目の悪い老婆を雇ったので日中も部屋から出て庭に出たりすることも可能だろうと夫は言ってくれた。



別荘に着いて中に入ると、部屋はすぐ住めるように整えられてあった。

運んできた荷物をレイが運び込み、待っていた老婆の使用人に色々引継ぎをしていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。


ほとんど休む間もなく片づけをしていた夫に、『疲れたでしょうし、今日は泊まっていっては?』と提案してみたが、そんな余裕はないと一蹴されてしまった。




次はいつ会えるのだろうと寂しさと不安で思わず涙ぐんでしまうと、夫は困ったように言った。


「時間が出来たらすぐに会いに来る。早く迎えに来られるよう、頑張って仕事を片付けるから」


「うん……待っている……待っているわ……」


最後に抱きしめてくれないだろうかと少しだけ期待を込めて夫を見上げるが、彼はまたそっと私から視線を逸らし不自然にならない程度に距離を取った。



別れの挨拶をし、馬車に乗り込み去っていく夫をいつまでもいつまでも見送る。

でも涙で視界が歪んでよく見えない。彼の姿を目に焼き付けたいのに。


もう一度だけ戻ってきて、私との別れを惜しんでくれたらいいのに。そうしたら、もう何も心残りなんて無いのに。


何度も心中で願うが、馬車はスピードを緩めることなく遠ざかって行く。


私と、私の言えなかった言葉だけを残して。









私は夫に告げていないことがあった。


私にわずかながらも魔力があって小さな魔法が使えること。




嘘を見抜く力があること。



夫はもう、二度とここへは来るつもりがないと、気づいてしまったこと。




私は馬車が見えなくなっても、いつまでもいつまでも夫の去って行った方角を見続け涙を流した。








***



別荘での生活はただ無為に過ぎて行った。


目の悪い老婆の使用人は、何か言い含められているのか、私に口をきくことも無く淡々と仕事を済ませて時間になると帰って行く。私は自分の事は自分で出来たので、使用人が彼女ひとりだけでも別段不自由は感じなかった。




季節が春から夏にかわっても、夫の訪れはない。

手紙も一度私から出したことがあるが、返事はなかったのでそれきり出していない。



夏が過ぎ、秋が来てもなんの変化もない。

生い茂っていた草木が枯れ、葉が落ち、森が茶色に染まっていくだけだ。夏に多く見かけた虫や動物たちもいつの間にか姿を消し、森は秋が深まると共に静けさを増していった。





ただ、冬の訪れは小さな変化をもたらした。


別荘に通ってきていてくれた老婆が、冬の間は休ませて欲しいと言って来た。

この地域の冬は寒さが厳しく、雪が降れば老婆の足では来ることが難しくなるため通えなくなるから、と言った。


私はそれを了承した。老婆は少しためらったあと、誰か冬も来てくれる人を紹介しましょうか?と言ってくれた。気を遣ってくれたのが分かったが、自分で手配できるから大丈夫だと断った。



冬の訪れとともに、私は完全にこの別荘で独りきりになった。


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