大混乱
「愛佳どうしてここに来たんだ? 浩司は知っているのか?」
「どうしてって、ここで暮らしているようなものでしょ」
「ええっ、暮らしてるって何を言ってるんだよ……」
俺は愛佳の言葉の意味が分からなかった。元々頓珍漢な事を言う時はあるが、もう長く会っていないのにここで暮らしてるって……。
「これ、どういう事よ? 愛佳ちゃんと別れてないじゃない」
瑠美が怖い顔で俺を睨む。
「い、いや、どういう事って、俺も知らないよ。愛佳とは別れたし、何がなんだか……」
「別れてないよ、ちゃんと毎日ラインで連絡も取り合ってるし、スマホ見て貰えば分かるよ」
愛佳はそう信じ切っているように言う。とても嘘を吐いているようには見えない。
「じゃあ、スマホを……」
と言いかけて、俺はユミとのラインのやり取りを消していない事に気付いた。これはヤバい。
「どうしたのよ? 愛佳ちゃんの言う通り、スマホを見てみようよ」
「いや、それはまずいだろ。プライバシーの侵害だし」
「プライバシーってライン見るだけでしょ。やましい事無いなら良いじゃない」
「そうだよ、私達のラブラブな会話を瑠美ちゃんに見てもらおうよ」
二人揃って俺を責め立てる。何とか誤魔化さないとこのままじゃ押し切られる。
とその時、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「あっ、誰か来た!」
俺はこれ幸いと、二人の体を押し退けるようにして玄関に向かった。
俺が玄関に向かう間も、来訪者はピンポーン、ピンポーンと呼び鈴を連打している。尋常でない押し方に違和感を覚えながらも、深く考える余裕も無く、俺は鍵を開けてドアを開いた。
「はい、どちら、うわあ!」
「愛佳をどこにやった!」
ドアを開けるなり、俺は男に胸倉をつかまれ、壁に体を押し付けられた。
「愛佳はどこに居る!」
「こ、浩司!」
来訪者は浩司だった。浩司は目が血走り、異常に興奮している。とても話が通じる状態には見えない。
「おい、荒っぽい真似はよせよ」
浩司の後ろから三十歳くらいのガタイの良い男が出てきて、俺から引き離してくれた。男に見覚えは無く、誰だか分からない。
「なんなんだよ、いきなり!」
「愛佳はどこだ?」
「奥に居るよ」
俺が無愛想にそう言うと、浩司は「愛佳!」と声を上げて奥に向かった。
「どうしたの? なぜ浩司君まで……」
驚いた顔で出てきた瑠美はガタイの良い男を見て、言葉に詰まる。
「あんた、誰だよ?」
俺も男が気になり、訊ねた。
「俺は織田と言う者だ」
「その織田さんがどうしてここに居るんだよ?」
「俺は帰っても良いんだぜ。あの津川って奴が嫁さんと義人って奴を殺して自分も死ぬって包丁持って飛び出していこうとしたから、やめさせて一緒に来てやったんだ。必要ないなら帰るぞ」
俺の言い方が気に障ったのか、織田は怒ったようにそう言うと、玄関から外に出ようとする。
「いや、ちょ、ちょっと待ってくれよ! そういう事ならしばらく居てくれよ」
俺一人では浩司が暴走しだしたら止められないと思い、必死で織田を引き留めた。
「君が義人か?」
「ああ」
呼び捨てが気になったが、俺が返事をすると、織田は見下したような顔で小さくため息を吐いた。
「あなたはもしかして、瑠美さんか?」
「私を知っているんですか?」
「ああ、知りたくも無かったが、成り行きで津川から聞いてね……」
織田はまた俺を見る。
「こんな男のどこが良かったの?」
「えっ……」
突然の質問に驚き、瑠美は言葉に詰まる。
俺は織田に腹が立ったが、それ以上に瑠美の言葉の続きが気になった。
「良く分からないんです……」
困ったような瑠美の表情から、照れ隠しじゃなく、本当にそう思っているようだ。
「良く分からない?」
織田は呆れたように、苦笑交じりにそう聞き返した。
「おい、瑠美、それは……」
「イヤ!」
俺が「酷いんじゃないか」と続けようとした時に、奥から愛佳の大きな声が聞こえた。
俺達三人は、会話が途中だった事も忘れて奥に向かう。
「ねえ、僕と一緒に帰ろうよ。お願いだから……」
奥に行ったら、ダイニングで浩司が愛佳の腕を掴んで、頭を下げて必死に頼んでいた。とても包丁を持って、俺と愛佳を殺しに来たようには見えない。
「放してよ、私は義人君の彼女なんだから、ここに居るって言ってるでしょ」
「だから、愛佳はもう振られて僕と結婚したって説明したじゃないか」
「振られてないもん、私達は毎日ラインで連絡しあってるもん」
「自分のスマホ見ただろ。義人からのラインなんて無かっただろ」
「私の方には残って無かったけど、きっと義人君のスマホには残ってるもん!」
俺はギクッとした。また話が俺のスマホに向かいそうだ。何とかしないと。
「いや、俺のスマホにも愛佳とのやり取りなんて無いから、浩司と帰った方が良いよ」
俺は出来るだけ愛佳を刺激しないように、穏やかな口調で説得した。
「だったらスマホ見せてよ!」
マズイ。逆効果だった。
「もう大人しくスマホ見せてやれよ。それでみんな幸せになれるんだろ?」
織田が俺の肩に手を置き、無責任な事を言いやがった。俺のスマホを見せたら、もっと大事になるっちゅうの。
「義人、スマホはどこにあるんだ? こっちの部屋か?」
浩司が勝手に寝室に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待てよプライバシーの侵害だろ」
俺は大慌てで浩司より先に寝室の入り口に回り込む。
「い、いや……プライバシーって大げさな……」
俺が強く出ると、浩司はたじろいだ。昔からこいつは変わらない。
「大げさじゃねえよ、スマホの中なんて他人に見せるもんじゃねえだろ!」
「見られてマズイものでもあるの?」
今まで黙って観ていた瑠美が冷たい口調で聞いてくる。完全に疑っている顔だ。
「いや、何も無いよ。ただ見られたくないだけだ」
「じゃあ、良いじゃない。見せれば愛佳ちゃんも納得して帰るだろうし、見せてよ」
「義人君見せてよ。私とラインしてるでしょ」
「駄目だ、駄目だ、駄目だ、絶対にダメ!」
あれだけは絶対に見せられない。
「メンドクサイ奴だな」
織田がそう言って、瑠美と愛佳の間をかき分けて近づいてきた。そして織田は、俺の体を抱え込んで、無理やり寝室の入り口から動かそうとする。
「や、やめろ……」
俺も必死で抵抗したが、織田はスポーツでもやっていたのか、力が強く、徐々に入り口から動かされていく。その隙に浩司が寝室に入り、俺のスマホを取って来た。
「や、やめてくれ、本当にお願い、やめて……」
迂闊な事に、俺はスマホにロックを掛けていなかった。瑠美は絶対に黙ってスマホを見たりしないと信じていたから。だが、今の瑠美はスマホを操作している浩司を止める事無く、一緒に画面を見ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます