第7話 KAC20216「私と読者と仲間たち」

「……だから桃リンゴさんも、お友達の力になってあげてください…っと」


 美鈴はコメントの返信を送信すると、パタンとノートパソコンの蓋を閉じた。それから「んー」と大きく伸びをする。


「それにしても…」


 何処にでも、似たような悩みの人がいるもんだ。


 美鈴は背もたれに体重をかけたまま、背中を反らせて天井を見上げる。そうして体勢を戻すと同時に立ち上がり、いつもの窓をガラリと開けた。


 真向かいの窓は、まだ閉まっている。そのまま空を見上げると、澄んだ青い空が広がっていた。今日もいい天気だ。


 美鈴は自分のベッドに飛び込んで、うつ伏せでスマホを手に取りアプリを開く。素人投稿小説の無料読み放題アプリだ。


 元々美鈴は、隙間時間には、こうして小説を読んでいた。そして外出自粛の長いおうち時間を過ごす内に、他の皆んながやってるように、投稿機能を利用して自分も日記をつけるようになった。


 初めはただ書いているだけだった。だが一年も続けると、だんだんと交流も増えてくる。失敗談への応援のメッセージや、内容への共感のコメント。今では美鈴の中で、とても大切な、もうひとつの世界となっていた。


 そんな中、最近になってから、熱心にコメントをくれるひとりのフォロワーさんがいる。それが桃リンゴさん。


 美鈴の日記は、基本的には恋愛の失敗談が多い。


 どうもその桃リンゴさんのお友達が、美鈴と似たような境遇なのだ。毎回アドバイスを求められるのだが、悩みがとても具体的で、本当は本人の悩みなんじゃないかと美鈴は睨んでいる。


「ふふ」


 美鈴の口から笑みが零れた。


 自分としては、やりどころの無いモヤモヤをただ発散していただけなのだが、それが他の人の力になっているのなら、やっぱり嬉しいものである。


 そのときカチリと鍵の音が鳴り、自室の道路側の窓が勢いよくガラリと開いた。窓の鍵が何の意味も為さない。美鈴は小さな溜め息を吐いた。


「モモリーナ、何度言ったら分かる…」

「美鈴さん、私が力になりますから、何でも言ってみてください!」


 美鈴の愚痴を遮って、桃色ショートボブの少女がカーペットの上にフワリと降り立つ。白いレオタードから溢れんばかりの大きな胸が、これでもかとプルンと揺れる。


「はあ⁉︎ 何よ、いきなり?」


「美鈴さんの力になりたいんです! 絶対お役に立ちますから、何でも任せてください」


「…………毎度毎度、邪魔をされた記憶しか無いんだけど?」


「いやそのえっと……こ、今度こそちゃんとお役に立ってみせます!」


 美鈴にジト目を向けられて、モモリーナは慌てて声を張り上げた。


「何か急に変な感じね? もしかしてまた、先輩に何か吹き込まれたんじゃないの?」


「ちちち違います、先輩は関係ないです。これは鈴カステラさんが…っ」


「…は⁉︎」


 美鈴は一瞬、ギクリとする。


「ま、間違えました。鈴カステラは先輩に勧められた和菓子でした」


「え…あ、そう。何だ、結局先輩絡みじゃない」


「えへへ、そーですね」


 焦ったようにヘラヘラと笑うモモリーナを眺めながら、美鈴も安堵の溜め息を吐いた。それから小さく咳払いを挟み、落ち着いた口調で口を開く。


「…アンタもしかして、鈴カステラを食べた事がないの?」


「あ、はい。まあ一応…」


「だったら買いに行く? 慎二も好きだから、誘ってみてもいいし」


「は、はい、そーですね。そーしましょう!」


 モモリーナはパッと笑顔を咲かせると、もう一つの窓の方へとサッと動いた。


「だったら私が、慎二さんに声をかけてきます。お役に立つとこ見せてあげます」


「あ、ちょ…っ」


 美鈴は慌てて腕を伸ばすが、時すでに遅し。モモリーナの身体は窓枠を乗り越え、閉じた窓の向こうへとするりと消える。


「そう言うとこだぞ、モモリーナっ!」


 美鈴は恨みがましい瞳で閉じた窓ガラスを睨みながら、大きな声を張り上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る