第46話 スペイン編②

マスフェルトスタッフルームにて。


「監督」

「なんだ?」


傑の身体検査等を行なったスタッフが監督の元に深妙な顔つきで結果を伝えにきた。


「彼は、本当にサッカーをしても大丈夫なんですか?これを見た限りでは・・・・」

「やはり、限界に近いか」

「何か知っているんですか?」


ダーナは、5年前、非公式で行われた試合に招待された。

内容は特殊訓練等によって才能を開花させた選手のお披露目。

彼は、明らかに年齢にそぐわない技術を、身体能力を身につけていた。


「それで、どれくらいだ?」

「幸いにも、今すぐ症状が出るものではありませんでした。あと数年は大丈夫だと思います」

「それが聞ければいい」


ダーナは、スタッフを下がらせスーツのポケットから一枚の写真を取り出した。

当時の傑を一時的に国外に出すために日本の警察に協力すると手を挙げた際に撮ったものだ。

隣にいる少年の目には光というものが写り込んでいない。


「残り数年でも好きなようにやらせるのがあいつのため、なんだろうな・・・・」


写真を大事そうにしまうと、選手たちが集まっているだろう食堂へと向かった。



〜翌日〜


「よし、いいか!来週から新しいシーズンが始まるからな!気合い入れてけ!」

「「はい!!」」


スペインでは、アランが帰ってきて初めてのシーズンが始まろうとしていた。

ここマスフェルトにも、シーズン開幕に向けて練習する選手を一眼見ようと多くのファンが集まっていた。


「おい、アジア人がいるぞ?」

「ほんとだ。日本人じゃないか」


いつものメンバーに加えて新たに加入した日本人に注目が集まっていた。


「今日は、全員の感覚を確かめる日にするぞ。昨日、紅白戦をしたばかりだが課題がいっぱいできただろうから、一つづつ解決していけ」


選手たちは、ボール回しで体を慣らし、主にDF陣の課題解決のために状況を変えながら、時には喧嘩しそうな勢いで練習していた。

DF陣を引っ掻き回しているのはいつものFW陣に加えて、昨日パサーに徹した傑だった。


「おい、あの日本人すごくないか?」

「ああ、アランが一番だと思ってたけど、それ以上に・・・・」


ファンも次第に傑のプレーに引き込まれていた。

一つのプレーをするたびに「おお〜」と感嘆が漏れるほどに。

地元のサッカーチームの子供たちも集まっており、食い入るように傑のプレーを見ていた。


「すげえ・・・・・」


今日のマスフェルトの練習を見たファンたちは、時間を忘れて一日中没頭していた。

そして、傑の存在はゆっくりとサッカーファンに知られていくことになった。


マスフェルトのファンクラブの掲示板には、多くのファンが傑の写真や動画を載せ、練習を見に来れなかったファンも引きこんでいった。



「やっぱり、ダーナさんの元に行ったか」


スペインリーグ前回王者、R・セローナ選手寮の一室。

アランは、傑の情報をいち早く確認していた。

傑が参加している練習の映像を何度も見返しては、笑みが溢れていた。


「やっぱり君はすごいな。敵いそうにないが、5年間必死にやってきた成果を確認するためにも早くやりたいね」


アランは、いつも寝ている時間帯にも関わらず何度も何度も傑の映像を見ていた。



〜練習後のミーティングルーム〜


「なあ、スグルがハーフラインを超えたあたりでダイアゴナルランを仕掛けたよな」

「ああ、あれが一番攻めやすい」


スグルがハーフラインを超えたあたりでボールを持っている時、FWが斜めに走ることでスペースを作り出すダイアゴナルランを仕掛けることでDF陣の穴をついていた。


「あれの対処ってどうすんの?」

「仕掛けられた時は無闇についていかないことだな」

「それだといいようにされないか?」

「そう思わせることが責める側の考えることなんだ」


攻撃時のダイアゴナルランの目的は主にゴール前が密集している時にボール保持者の選択肢を増やすこと。

中央からサイドに斜めに走ることで縦パスやシュートを打ちやすく出来る。

簡単に言えば犠牲になる動きだ。


「一番理想的なのはオフサイドトラップだな」

「それは、仕掛けてきたのが一人とかのだろ?今回みたいに複数でこられたら・・・」

「その時は、トラップを仕掛けずに距離を詰めながらボールと相手が見えてる状態を保てばいい。その上でMFにパスコースを消してもらえればいい」


組織的に守ることで対処は可能だ。

いくらパスコースやスペースを作ろうとしてもそのどちらかを消されては、責める側としても思考時間が増え隙が生まれる。


「ダイアゴナルランはDF陣でも使えるぞ。密集状態でボールを奪ったときに中央からダイアゴナルランすることでクリアせずに縦パスを通せるかもしれない」


このレベルのチームなら今まで試したこともやられたこともあるだろうが、相手もトップレベルゆえに対処が難しかったのだろう。

しかし、世界最高峰のチームがやろうと地元の少年少女がやろうと目的も対処法も同じだ。


「ちょっとあいつらとも話してくるよ」


そう言ってDF陣が集まるところへ向かっていった。

その後も傑のところには課題の答え合わせをするもの、新たな課題が見つかったチームメイトが集まってきた。



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