第19話 前半戦③

そのボールは、綺麗な放物線を描きゴールに吸い込まれていった。

まるで、子供が母の元に走っていくように。

まるで、帰るべき場所であるかのように。

まるで、ゴールが手を伸ばし引き寄せているかのように。


「ゴーーーーーーーール!!!なんとも見事な、ボールなのか!!これが世界最高のFK!!フランス先制で、試合が動きました!!」

「いや〜、今のは取れないですよね。あそこは、キーパーが反応できないですよ。素晴らしいキック精度ですね」


スタジアムは、日本ファン、フランスファン関係なく、観客のどよめきと、歓声で包まれた。


「先にもらったよ。傑」

アランは傑の元に行き、声をかけた。

「見てたらわかるよ」

アランはその言葉を聞いて、チームメイトのところに戻っていった。


「ふむ、あそこに決めたか。なら同じとこに決めるかな」

傑は、顎に手を当てそう呟いた。





「さぁ、前半も残り10分と少し、日本のキックオフでスタートです」

「ここは、点が決められなくともいい形で終わりたいですよね」

「やはり、違ってくるんですか?」

「そうですね。ここで、責められ続けて終わると後半戦も守りに徹してしまう心理状態になることが懸念されますからね」


そんな解説の中、フランスは勢い付いたのか、一つ一つのプレーに思い切りの良さが出てきていた。

対して日本側は、一部を除いて守備的なプレーとなり、なかなか攻めに転じることができなくなっていた。


「三条!」

DFの一人から、傑にボールが渡った。


アランはもちろん、彼に傑の危険性を散々聞かされたチームメイトは、いっさい気を抜いていなかった。

アランが、傑との一対一に挑む形ができ、周りもスペースを消しながら、いつでもフォローに入れる形を取っていた。


「アランが勝てる前提のポジションだな」

「ん?」

いやなんでもない、とアランに聞こえないぐらいの声で言った。


「さぁ、ここでアランと今回の注目選手、三条傑の一対一という形となりました」

「確かにそう見えるかもしれないですけど、周りを見ると全員で三条選手を止めに来てる感じですね。一対一に見えて一体多数の数的有利を作り上げてますね」


この試合最初の一対一は、傑から仕掛けた。

「おっと、そう簡単には・・・・・!!」

アランは、傑の進路を阻もうと動いたが、ありえないぐらいの緩急のえげつなさで、アランの足は持つれ、倒れ込んだ。


これには、チームメイトも反応できず、フォローが間に合わなかった。

傑は、チラリと佐伯を見た。

三島がアピールをしていたが、完全に無視をして佐伯に取って最適なスペースを見つけ、ボールを放り込んだ。


「なんと!三条選手、いきなりアラン選手に尻をつかせたー!!」

「これは、驚きですね。あれだけの動作で、ここまでとは。おそらくアラン選手の体感はもっとすごい者だったと思います」

「さぁ、ここで、佐伯選手が動き出した!三条選手、前に放り込む!」


このボールをフランスのDFは見ていることしか叶わなかった。

警戒を怠ったわけではない、三島に集めすぎていたが、佐伯への警戒はそれ以上にしていた。

しかし、アランがあのような形で負けたことに、動揺が残り、反応が遅れた。

一瞬が命取りとなる試合で、その動揺は大きな致命傷となった。


ボールは、佐伯にとって最適なスペースに放り込まれ、佐伯は蹴るだけ。


「ゴーーーーーーーーーール!!!なんと見事な一連のプレー!!先制点を取られてはや5分、日本取り返した〜!!」


わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


先制点の時よりも、大きな歓声が鳴り響き、地響きのようなものが起こっていた。


アランは、後ろを振り返りゴールに刺さったボールを見て、笑った。


「全く、あの時の悪夢が蘇るようだよ・・・・・」

まだ追いつけていなかったみたいだね。


「そういうことだな」

傑は、そう言い残し、佐伯の元へと歩いて行った。

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