怪人ニシキの共同調理 7

《ピンポーン》


 その日の夜、マンション住まいのニシキの部屋の呼び鈴が鳴った。


「へーい、どちらさまっと…おお?」


 玄関先にはニカイドウが立っていた。さきほどの格好の上から薄手のショールを羽織っている。


「やあニシキくん」


「お、おう。どうしたんだ急に。つーか夕飯食うって言ってなかったっけ?」


「いやあそれがうちの母さんが」


「ママ」


 ニシキの訂正に赤面して喉に詰まったようなうめき声をあげるニカイドウ。


「…ママがニシキくんとニノマエさんにおすそ分けしてこいってうるさくてね」


「ええ…いいのか?」


「いいんだよ、うちは三人家族だから食べきれないし、それに」


 視線を逸らしながら切り身の入ったプラスチック容器を差し出す。


「キミも自分の彼女候補が作った手料理には興味があるだろう?」


「え、えっと、まあ、そうだな、大変興味アリマス。つーか、テレてんのか?」


 暗くて気付かなかったがよく見るとニカイドウの顔が赤い。彼女は容器をニシキの腕に押し付けると、フイっと背中を向けた。


「なあ…なんで俺は付き合ってもらえないんだ?」


 ニシキの告白に対してニカイドウが保留と回答したのは一ヶ月以上も前の話だ。先日はニノマエを巻き込んでダブルデートの形で遊園地にも行った。

 一応何人かの女子と付き合った経験のあるニシキの見立てでは彼女もまんざらではないはずだと思っているのだが、ところが一向に返事がない。

 まあ、ニシキからはここまで一度も返事の催促をしていないのだが。

 そんなわけでそろそろどこかのタイミングで再度聞くべきかと思い始めていたのだが、今日このときがまさにそれなんだろう。


「あんまり急かすのもどうかとは思うけどさ、そろそろ返事をくれてもいいんじゃね?」


 ニカイドウはしばらく沈黙したあと、振り返ることなく言う。


「キミは私のことを恋愛対象としてずっと見てきたんだろう?」


「あ、ああ。まあそうだな」


「ぶしつけな質問かもしれないけれど、それはどのくらいなんだい?」


「ええと、そうだな…去年の夏休み明けくらいに意識するようになったから、ちょうど一年くらいか?」


「けっこう長いね」


「まあそうだな。それが?」


「キミは一年私に恋してきたが、私はそうじゃない。だから…その」


「…うん?」


「わ、私もキミに恋する時間が必要なんだよ。せめて夏休みが明けるくらいまでは、待って欲しい」


「え、あー…いいけど。遊びには、誘ってもいいよな?」


「かまわないよ。…その、楽しみにしてる」


「お、おう」


「じゃあ私はニノマエさんのところにも行かなくてはいけないのでね。さ、さらばだ!」


 彼女は最後の言葉を早口に述べ立てると振り返ることなく小走りにマンションの廊下を歩いて去っていった。

 今の会話の意味を咀嚼するのにいまだ手間取っているニシキだけがぽつんと立ち尽くしている。


 背中越しで彼女の表情は見えなかった。顔色は伺えなかった。

 ただ少しだけ上ずった声だけが、ニシキの耳にいつまでも残っていた。



~つづく~

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