第一章 その十一 容疑者

早朝5時、私と鳴神は神明ロードにある交番にいる。


「なるがみ、はないちさんね。漢字合ってる?これで。・・・で、何であんな事したの。」


手錠を嵌められた鳴神に中年の警官が質問する。この警官も気の毒に。こんな早朝からこんなバカの取り調べなんかしたくないだろう。


「こっちの台詞だ。ただ酒を買いに行ってなんで俺が捕まるんだ。」


コイツの頭はどうなっているのだ。事件現場に事件発生数時間後に無理矢理入ろうとしたんだぞ。挙げ句の果てに取り押さえに来た警官を投げ飛ばした。


「あのね、鳴神さんね、今日の・・・ああ、昨日か、昨日の昼過ぎから夕方にかけて、何してたか、どこにいたか、教えてもらえる?」


ほら見ろ。鬼に見つかるどころか事件の容疑者にまでなってしまったではないか。


「ずっと家で寝てたよ、っつうかおまわりさんさ、酒と俺のアリバイ何が関係あるんだよ。」


「・・・酒?」


「あのコンビニで爺さんだか婆さんの頭見つかったのはニュースで知ってるよ、でも何でそれで酒買えなくなるんだよ。」


警官は数秒無言で鳴神を見つめ、軽い溜息を漏らした。鳴神はまだ続ける。


「いいかい?おまわりさん。死体の頭があったってのは店のゴミ箱だろ?酒売り場じゃないんだろ?ゴミ箱が事件現場なら店の前のゴミ箱の周りだけで十分だろ立ち入り禁止エリアは。」


それを聞いた警官は少し目の周りを赤くして答える。


「店の前の防犯カメラにね、夕方貴方がタバコを吸ってるのが映ってるんだよ。貴方が言うようにね、ゴミ箱だけを事件現場だって絞ってもね、そこピンポイントに貴方が居たの。そこに朝方貴方が戻ってきたの。捕まえるでしょそりゃ!!しかも警官投げ飛ばして!!」


誰が聞いても当然の話だ。どうやら鳴神はとっくに容疑者リストに入っていたようだ。しかも現場に戻り公務執行妨害。一気に重要参考人レベルだ。


もう今回の事件の真相は藪の中で終わるかもしれない。事件の特異性から考えてもあの爪の長い鬼は無関係とは思えない。しかしその鬼を唯一倒せる男が犯人の最有力候補に自ら名乗り出てきたような状態だ。


「あ、俺犯人じゃないっすよ。」


唐突に説得力ゼロの台詞を吐く鳴神。

黙れ馬鹿野郎!


「何だとこの野郎。」


犯人じゃないなんて言葉鵜呑みにする警察がいるか!


「だって俺犯人じゃねえだろ。」


「いい加減にしろ!誰と喋ってるんだ!そんなバカな芝居で心神喪失なんて言わせないぞ!」


置いてけぼりにされた中年警官が机を叩いて怒鳴り出す。しまった。更に状況が悪化してしまった。ひょっとするとこれはもう取り返しがつかない方向に行ってしまったのではないか。


全員が沈黙する中、交番の入口付近から妙に慌ただしい雰囲気が伝わってくる。

その直後、スーツ姿の男が我々のいる部屋に入ってきた。


「なーるがみぃ、面倒な事してんじゃねぇよ。あ、高木さん、コイツ釈放していいですよ。」


高木と言うのはこの中年警官の事だろう、唐突に現れたスーツ姿の男の言葉に驚きを隠さずにいる。

鳴神はと言うと表情一つ変えず黙ってスーツ姿の男の顔を睨みつけている。


このスーツ姿の男は私も知っている、県警の横塚と言う警部だ。彼の担当は警察内部でも公にされていない『無期未解決事案調査室』。我々の顧客、



あやかし担当だ。

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