第17話 文字なき脚本

きっと出会えると思いながら、とうとう出会うことが無かった二人。互いの思いは儚くも夜空に散っていく。こんな結末になるのなら、せめて抱きしめるくらいはしたかったと、叶わない願いだけが胸を苦しめていく。なぜ、恋人になってしまったのか。なぜ、あの人に心を奪われたのだろうか。


4月初頭に全国で公開された映画「もう一度」は、卒業を期に離れ離れとなる恋人たちのその後を描くストーリー。互いに大学生活を過ごしながらも、時間があれば連絡を交わしてお互いに恋を育んでいくが、ある日の夜に恋人の一人が交通事故で生涯を終えてしまうという悲しい展開を迎える。


これからは一人で生きなければならないとはいえ、失ったものは大き過ぎた。心に残ったものは、それまでの温もりと消えた未来が残していった底が見えない穴。それでも、恋人が生前言っていた海外旅行の夢を果たすべく、二人で写った写真を片手に一人世界を回り続ける。君が探していた夢のかけらを拾い続けるように。


8時40分開始のレイトショー。頬杖つきながら100分の映画は、天に旅立った恋人の夢を叶える形で幕を下ろしたが、いかんせん恋人もいない私にとって感情移入しきれない作品ではあった。それでも、気が付けばスクリーンの中の一挙手一投足に夢中になり、エンドロールまですぐであった。


今の私には、映画の主人公のような深い喪失感も無縁ではあるが、同時に恋人と過ごすことでしか得られない幸福感とも無縁であった。そのため、結婚なんて二文字は別世界の言葉にすら思えていた。誰かに恋する、あるいは愛するということは、必ず引き換えにしなければならない辛さが生まれる。


自分には縁が無いと思い、ネガティブな側面に目を向けて今いる自分の位置に正当性を見つけては心を落ち着かせていた。とはいえ、恋人や生涯共にする人がいる時間が生み出すものは、決して悲しいことだけではない。幸せの形を何度も見つめられる喜びもある。その二面性は、周りの同い年を見ていてもわかっていた。


付き合って〇年。先月結婚しました。もうじき結婚します。そんな言葉を耳にするたびに、少しずつ近づいてくる結婚適齢期。ただ、そういった運命の人をいい加減に見つけてはならないし、そこには時間をかけてでもじっくりと見極める必要がある。その時間を逆算しても、タイムリミットが迫っている。


映画の話とはいえ、その脚本の中では今頃無限に煌めく星の一つとして恋人を見守っているのだろうと、ふと夜空を見上げた。春のしし座が遠く光る。今月で28歳…。月も変わって甘酸っぱい青春の扉を開けた学生たち。映画の向こう側の恋愛。私を未来で待つ人は、果たしているのだろうか。月の雫が映す未来に、いま瞼を開けた。

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