嫉妬とか承認欲求とか、そういうの全部捨てて田舎に引きこもる所存

エイ

第1話

 


「アイツのつまらなそうな顔を一生眺めて暮らすのかと思うと、本当に嫌になる」



 婚約者のラウが、友人達に対してそんな愚痴を言っているのをうっかり聞いてしまった。


 ああ……なんで戻ってきちゃったんだろう。こんな話聞きたくなかったのに。




 裏路地で私は独り、胸の痛みに耐えながら立ち尽くしていた。




 ***



 私の住む町で、毎年行われる秋の収穫祭。



 実りをもたらしてくれた大地の精霊に感謝を捧げるために行われるこのお祭りは、娯楽の少ないこの町に住む私たちにとって、とても楽しみにしている大事な行事だ。


 特に若い娘は、祭りで綺麗な衣装を着て踊り子を務めるので、年頃になると皆、張り切って準備にいそしんでいる。


 若い男性も祭りでは踊り子のそばで捧げものの担ぎ手となる。娘たちの優美な舞と、男たちの力強い輿担ぎは壮観で、夜の松明の灯りに照らされてとても幻想的な光景に見える。

 この祭りで同じ年に踊り子と担ぎ手を務めた男女は恋仲になることが多く、祭りは若い男女の出会いの場にもなっていた。


 だから祭りの時期が近付くと、町の若者は浮き立ったようにふわふわと落ち着かない雰囲気になる。


 そんな皆の姿を私はいつも自分には関係ないものとして遠くから眺めていた。


 なぜなら、私には随分前に親同士で決めた婚約者がいるからだ。祭りで出会いを楽しむような浮き立った気持ちは私には無縁のものだ。


 婚約者のラウは、町で一番の商家の一人息子だ。その女将さんに私は幼い頃気に入ってもらえて、ラウの婚約者となった。


 そのラウとは、今年結婚式を挙げる予定になっている。



 婚約は子どもの時分に決まったことなので、このお祭りを他の若者と同じように楽しんだことはない。

 でも、家同士の都合で子どもの頃から相手が決まっていることは別段珍しいことではなく、私以外にも何人かそういう子もいたので、さみしくはなかった。

 ただ祭りの賑やかさや、特別に振る舞われるご馳走をもらえるだけでそれなりに楽しむことができた。




 だが、今年は既婚者の奥さんたちの担当する祭りの準備に参加することになったので、忙しさが先に来て、祭りを楽しむどころではなかった。


 私も未婚の娘ではあるが、もうすぐ婚約者のラウと結婚するのだから、今年はもう裏方でいいだろうと両親に決められてしまったからだ。

 町の女性は、既婚者は裏方に回り表に出ないのがしきたりだった。


 既婚女性は、祭りの前から男衆が着る衣装を縫い、皆に振る舞う菓子や料理を前日から仕込んで、当日はひたすら配膳や片づけに追われる。



 一年に一度の大切なお祭りだが、裏方を体験してみるととても大変で、ようやく祭りが終わった時にはもう疲労困憊だった。



 奥さんたちはこれを毎年やっているのか……大変だなあ。来年からは私も奥さんたちの仲間入りをするのだから、頑張らなくてはならない。そう思うとちょっとだけ憂鬱な気持ちになった。



 婚約者のラウも祭りには参加しているのだが、あちらはまだ、未婚の男が担当する担ぎ手となって祭りの表側に出ていた。


 手が空いた時に時々祭りの様子を覗き見たが、音楽に合わせ踊り子たちと楽しそうに踊るラウはとても眩しく見えた。


(いいなあ……)



 舞台の上のみんなが、とてもキラキラしていて、とても遠くに感じる。

 ……羨んでも、仕方がないことだ。



 私は舞台から目をそらして、このあとの片付けのことに考えを巡らせた。






 祭りが終わった後、ラウに声をかけようとしたが、男衆と一緒に酒場で飲み直すと大騒ぎをしながら行ってしまったので、呼び止めることを諦め私は片づけを終えて帰ることにした。



 だが、大通りを抜けて家への一本道に差し掛かったところで、朝までお酒を飲むのなら明日店はどうするのか聞いたほうがよかったことに気が付いて、しかたなく引きかえすことにした。


 祭りの次の日は休みにする店のほうが多いが、ラウのお母さんにもその事を確認していなかった。


 ラウの行った酒場はどこだったかと、大通りにある店を探す。



 裏路地を抜けて、大通りへ向かうと、酒場が近いのか、大声で騒ぐ男たちの声が聞こえてくる。


 ああ、この酒場で飲んでいるのかと思い店の表側に行こうと足を向けた瞬間、男たちの大きな笑い声とともに私の名前が聞こえてきて、ギクッとしてその場に踏みとどまった。



「ラウももうすぐ結婚かー!ディアはしっかりした娘だから、家業は安泰だな!」


「その割にはずっと浮かない顔してんだぜ、コイツ。男のくせにマリッジブルーかあ?」


 聞き覚えのある声だ。ラウの友人の……名前はなんだったかと考えるが、思い出せないでいると、ラウの不機嫌そうな声が聞こえて、心が凍り付いた。


「……ディアは親が勝手に決めた相手だ。子どもの頃から結婚するって決まってたんだぞ?浮かれる要素がどこにあんだよ」


「うわ、ひでえ。あんなに働き者の嫁さん捕まえておいて、その言いぐさ!まーでもあの『ディア』だもんなあ。いっつも淡々としてて冷めてるしな。お前がはしゃぐ雰囲気にはなれねえのは分かるわ」


「だろ?分かるだろ?アイツ、いつも不機嫌そうな顔してるよな……俺、アイツのつまらなそうな顔を一生眺めて暮らすのかと思うと、本当に嫌になる。結婚したらずっと一緒に過ごすんだぜ?店にいても家に帰ってもアイツがいてさ、しっかりしているのかもしれないけど、妻っていうより、母親がもう一人増えるみたいでうんざりする」


 ぎゃはは!じゃあお前はハハオヤとヤるのか! と下品なヤジと、落ち込んだ様子のラウを励ます友人達の言葉が聞こえてきて、私はもうそれ以上聞いていられずその場から逃げ出した。






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