どこでも行けるドア
西暦二〇五〇年。とある国で、ドアを開ければ好きな場所へ行けるドア、通称『どこでも行けるドア』が発売された。製品の披露会で、最初に購入を決めた男がドアを開け、中に入る。ドアは光を放っておりその先を伺うことは出来なかった。そして男が行きたいと言っていた場所に突如としてドアが出現した。ドアが開き、出てきたのは先程の男だ。男は驚いた様子で周囲をキョロキョロと見回し、感極まったのか涙を流して喜んでいた。
これを見た富豪はここぞとばかりに『どこでも行けるドア』を購入した。購入額は五億。庶民には到底手が届かない金額であった。そのためか、これを逆手に取った『どこでも行けるドアビジネス』が始まった。富豪がこのドアのレンタルを始めたのだ。一回の使用料は五十万円。決して安い金額ではないが、全く手が届かない金額ではない。この『どこでも行けるドア』レンタルは話題となり、多くの人間がこのドアを使用した。
「コーキ。俺さ、どこでも行けるドアをレンタルしたんだ」
親友のヒデと久しぶりに食事に行った。近況報告と他愛のない話をしていると、ヒデが嬉しさを堪えきれないといった顔で言った。三十路手前だが、少年のようにワクワクとした様子のヒデに、ドアには興味がなかったが、彼がいつになく楽しそうなので話を聞くことにした。曰く、五十万を貯めてレンタルを申し込んだそうだ。そのドアが明日届くのだそう。
「ああ、待ちきれないなあ。お前もレンタルしたらどうだ?」
「いや、俺はそういうの興味ないし、いいや」
「ふうん。……ま、俺が使ったら感想を教えてやるよ。そうしたら使いたくなるんじゃないか?」
「……そうなるかは分からないが、感想は聞いてやるよ」
ヒデは浮足立った様子で俺と別れた。
その一週間後、偶然ヒデに会った。
「おう、ヒデ」
「……お前はコーキ。俺の親友だったな」
ヒデは考え込んだかと思えば不思議なことを言い出した。まるで他人事のような物言いに、俺は首を傾げる。
「おい、どうしたんだよ。今日のお前、変だぞ」
「すまない、まだ慣れていなくてな」
「慣れていない?何にだ?」
「いいや、何でもない」
「それよりもどうだったんだよ」
「何が?」
「とぼけるなよ。『どこでも行けるドア』だよ。お前楽しみにしてただろ?」
「あ、ああ、楽しかったよ」
「どこへ行ったんだ?」
「京都」
「なんだ、国内かよ」
「ずっと行ってみたかったんだ、いいだろ。それよりも、お前も使った方がいいぞ」
「俺?」
「ああ。お前、まだ使ってないんだろ?」
「そうだけど……」
「使うべきだって!なんなら俺がお金出すよ」
「い、いやいいよ俺は」
ドアを使うように勧めてくるヒデは宗教にハマった人間のように熱心で、俺は段々と恐怖を覚える。俺はテキトウに理由をつけてヒデと別れた。ヒデ、何か変わっちまったな。今度からは関わらないようにしよう。小学校からの親友だったのにな……。俺は俯きながら帰路に着いた。
俺がドアを開けて初めて目にしたのは、『憧れの京都』だった。歴史を感じさせる風情な街並みは、想像していたよりもずっと素晴らしく、俺の胸を弾ませた。ああ、これを親友の『コーキ』にも見せられたらな。俺はカメラを買って、色々な場所で写真を撮った。後で『コーキ』に見せられるように。
帰りはもう一度ドアを使うか、交通機関で帰るか悩んだが、ドアを使うことにした。ドアを開けると、中は暗闇だ。誰かの叫ぶ声が聞こえるが、これも日常茶飯事。ドアが広く使われるようになって、少しばかり声が大きくなっているような気がするが、声は闇に溶けて消えるばかりだ。この広い暗闇はどこまで広がっているかは分からない。ただ一筋の光を目指して歩く。
「ヒデ、ドアの外はどうだった?」
『コーキ』に偶然会った。彼は羨望の眼差しで俺を見つめた。
「ああ、すごかったぞ。想像していた以上だ」
「いいなあ」
「大丈夫、お前もすぐに行けるさ」
「だといいんだがなあ」
「俺が絶対に行けるようにするから」
「おう、頼んだぞ親友」
「任せとけ」
俺と『コーキ』は拳同士をこつん、と合わせた。これは俺達の中で、約束を交わす時の儀式のようなものだった。俺は『コーキ』と別れて再び光を目指して歩き出す。
「おい!何だよこれ?!離せ!離せえええ!!!」
近くで暴れている男がいた。男は俺の存在に気付き、一筋の光によってうっすらと見えた俺の顔を見て明らかに動揺の色を見せた。そりゃあ、驚くよな。そう思いながら俺はそいつに手を振ってドアの外に出た。さよならヒデ、今度はお前が俺のドッペルゲンガーだ。
Fin.
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