化け物のいる部屋


「本当に殺していいのか?」


 男は興奮のあまり口を歪ませた。作業着姿のもう一人の男は頷く。作業着姿の男の案内で、強固な扉の前に立った男はナイフ片手に生唾を飲んだ。作業着姿の男は解錠し、扉を開ける。腐臭が辺りに広がった。男は構わず中へ入っていく。すぐさま施錠を済ませた作業着姿の男は溜め息を吐き、この場を後にする。重く頑丈な扉からは音が一切漏れることはなかった。






 ベンチに座り、缶コーヒーのプルタブを引く。漂うコーヒーの香りにようやく一息つくことができた。あの男は、生き残っているだろうか。いや、それを考えるのはもうよそう。あの男は元々殺人鬼だ。同情するに足りん人間だ。コーヒーを一口、思考ごと飲み込む。苦みが口に残り、顔を顰めた。ああ、やはりカフェオレが飲みたかった。俺は、売り切れの文字を表示する自動販売機を睨む。


「よう、渋い顔してんな」


 声の方に顔を向けると、同僚の佐々木が笑いながら隣に腰かけた。


「……お前も、執行終わりか」

「ああ」

「そうか」

「あんまりいい気しねえよな」

「まあな」


 佐々木は自動販売機からおしるこを取り出した。俺はそれを見てギョッとする。


「正気か?」

「何がだ?」

「よりによって、それかよ」

「おしるこのことか?いいじゃねえか、おしるこ。甘いものを飲むとまだ生きてるって感じがするんだ」


 日本では新たな死刑の方法が追加された。それは、部屋の中で一ヶ月間生きていられたら死刑は免れる、というものだ。これだけを聞くと簡単だと思われるかもしれないが、部屋には人間を襲う化け物がいる。生存者はこれまで一人もいない。俺達は死刑囚をその部屋に送り届ける、死刑執行人だ。その際に死刑執行人が死刑囚から襲われることはほぼない。何故なら、その部屋では化け物は勿論、人間を殺めてもよいのだから。目の前の人間を殺して罪を重ねるよりも後に待ち受けている快楽を求める者が殆どだった。勿論、これは倫理的にアウトなので秘密裏に行われる死刑の方法であった。


「そうだな。俺達はこんなクソみたいな世界でまだ生きている」

「いっそのこと化け物になれたら楽なのにな」


 俺は溜め息を吐き、佐々木は上を見上げた。






 こんなの聞いてないぞ!まだ此奴ら生きてやがったのか!重い扉の先で、ナイフを踊らせ思い切り殺戮しようと思ったが、部屋には人っ子一人いなかった。だが、化け物はいた。それも大量に。奴らは俺の姿を認識するとゆっくりと、だが着実に近寄ってきた。動きこそゆっくりだが、何せ数が多い。周囲には人間が転がっていてあちこち食べられている。中には知った顔もいた。……俺と同じ、死刑囚だった奴だ。俺はああはなりたくない。必死で逃げるが、部屋は決して広くはなく、体力だけがジリジリと減ってゆく。クソ、何が人を殺してもいい、だ!騙しやがって!あの死刑執行人を殺してやりたいが、あの頑固な扉はびくともしない。ああ、ああ、助けてくれ!俺が最後に見たのは化け物の腐った口だった。


『ここで速報です。全人類を三分の一まで減らしたゾンビは日本政府の手により飼い慣らされていたことが分かりました。このゾンビ達は死刑執行のために利用されている模様です。政府による記者会見がこれから始まります。現場から中継してもらいましょう』


Fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る