短編集(ホラー、不思議系)

内山 すみれ

当たり前の恐怖

 幼児向けの、食器や靴などの物に目と口が生えて話しかけてくれる番組。有名な映画のワンシーンでは、野獣が住む城に訪れた客人をもてなすキャンドルやティーポット達。

 私はあれらが幼い頃から苦手だった。自分が食事を楽しんでいる時に『お味はいかが?』と声をかけられたら。靴を履いた時に『重いよ』と言われたら。本来声を出すことのない物が突然意思を持って自分に干渉してくる。それが当時の私には恐ろしくて仕方がなかった。

 当時、母親にこの胸の内を話してみた。


「物が話すなんてあるわけないじゃない。大丈夫よ」


 母親は笑いながらそう言って私の頭を撫でた。その笑みは、可愛らしい赤ちゃんを見かけた時のような、幼稚さからくる愛らしさに思わず溢れてしまった笑みであった。つまりは、まともにとりあってくれなかったのだ。幼い私は、母親に頭を撫でられて安心したものの、根本である恐怖を拭い去ることができないままでいた。




 幼かった私も大人になり、結婚してこどもを授かった。子育てをしていると、教育番組の偉大さに気が付く。こどもを釘付けにする魅力が詰まっている。こどもと一緒に番組を見ていて、幼い頃の記憶が蘇ってきた。


「依里も怖いと思ったことない?物が喋って動いたらって」


 友人の依里と予定が合い、久しぶりに会うことになった。近況報告やとりとめのない話の中で、幼い頃の話になった。最近思い出した恐怖の話。目の前の依里は私の話に吹き出した。


「プッ……あはは!ずいぶん可愛いわね」


 ニヤニヤとからかうような笑みにむっとする。


「もう!馬鹿にしてるでしょ!今は全然怖くないんだからね!昔の話だよ」

「うんうん、分かってるよ」


 私の言葉を軽く流す依里は今も私が怖がっていると思っているようだ。……正直なところ、当たっているから笑えない。昔のように大泣きする訳ではないが、一人でいるとどこからか話し声が聞こえてくるのではないかと少し怖くなる自分がいる。勿論今までそういった経験はない。当たり前ではあるが。


「いやあ、物が喋ったら怖いなんて初めて聞いたよ」

「そうかな?じゃあ、依里の怖いものって何さ」

「私?私はねえ……」


 依里はうーん、と声を漏らす。


「私はないなあ」

「えーっ!ずるい!」

「ずるいことないでしょ、本当にないんだから」


 そう言って笑う依里は、注文していたケーキが運ばれてきたのを見て声を上げた。無類の甘党である依里に、これ以上話を続けるのは難しいだろう。私は話を続けるのを止め、同じく机に運ばれてきたケーキに舌鼓を打った。




 怖いもの、実は私にもあるんだ。


『美味しそうでしょ?早く食べて!』

『早く早く早く早く早く早く早く早く早く……』

『ねえねえ見えてるんでしょ?返事してよ』

『食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて……』


 ケーキが乗った皿、フォーク、コーヒーの入ったマグカップ、それらがのったトレイ。怖いものの話からケーキの話に変わった友人の前で、それらが声を上げていた。

 そうだよ。物が喋ったら怖いよ。ギョロギョロとした瞳で、人間のような唇で絶え間なく話すそれらを無視し続けないといけない恐怖があなたには分かる?気付かれたら最後、何が起こるかなんて分からないのだから。

 私は食べろと急かすフォークを手に取り、ケーキに突き刺し、口に運ぶ。味はどうかと騒ぎ立てるそれらに、私はいつものように気付かぬふりをして笑みを浮かべた。


「ここのケーキ、とっても美味しいわね」


Fin.

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