【首級の簒奪者】②

 その後。

 俺たちはマップを頼りに安全地帯セーフポイントまで戻り、そこで一旦休むことにした。


 小さな泉が湧くこの場所には、モンスターが近寄らない。

 ダンジョンには、どこもそういう場所があった。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 少女がぺこぺこと、頭を下げながらお礼を言ってくる。

 毒矢はモンスターが倒されたと同時に消え去り、HPも自身の治癒魔法ですでに全快したようだった。


 俺は手を振って答える。


「いいって。冒険者なら困った時はお互い様だ」

「はい。あのでも、助かりました。あっ、わたしココルって言います。神官です」

「俺はアルヴィン。見ての通り剣士だ」


 そこで、俺は一つ、気になっていたことを恐る恐る訊ねる。


「でも、どうして神官があんな場所に一人でいたんだ? その、もしかして……」

「えっ? ああいえ! 違います、パーティーが崩壊したとかではなくて……わたし、最初から一人で来たんです。ソロです」

「そうだったのか。ならよかった」


 俺は安堵の息を吐く。


 ダンジョンで冒険者が命を落とすことは、珍しくない。


 モンスターにどんな攻撃を受けても、基本的に体が傷つくことはない。痛みや衝撃はあるし、転倒すれば怪我をするかもしれないが、それがなければただHPが減るだけだ。


 ただし――――HPがゼロになれば死ぬ。


 そして死人は、どんな治癒魔法やアイテムでも生き返らない。

 それがダンジョンの、冒険者たちのルールだった。


 俺は言う。


「安心したよ。回復職が一人だけだったから、てっきり」

「あはは……」

「でも……あんた、本当にソロでこんなところまで来たのか?」


 俺はココルを見る。

 聖職者風の装身具に、水色の髪を垂らした、ともすれば庇護欲をそそりそうなあどけない顔立ち。


「うーん……」


 いかにも神官といった風情だ。

 派生職で聖騎士や僧兵というのもあるが、目の前の少女が戦闘職だとはとても思えない。

 この階層まで無事にたどり着けたことすら驚きだった。


 他人の冒険についてとやかく言うのはマナー違反だが、それでも言わずにはいられない。


「大きなお世話かもしれないが……無謀じゃないか? 神官のソロなんて聞いたことないぞ。しかも浅層ならともかく、こんな中層になんて……」

「あはは……わたしも、誰かと来られたらよかったんですけど……パーティーを組んでくれそうな人が見つからなくて」

「神官なのにか?」


 俺は眉をひそめる。

 普通、神官のような回復職はパーティーに必須だ。これが欠けると事故率が跳ね上がる。だからたとえレベルが低くとも、相応のパーティーに必ず居場所があると思うのだが。


「へへ、その、実はわたし……いえ、見てもらった方が早いですね……」


 そう言うと、ココルは自分のステータスを開いて……それを見せようと、俺の側へぐいと寄ってきた。

 パーティーを組んでいない以上、こうしないと自分のステータスを見せられないので当然なのだが……あまりにいきなりで動揺する。

 そもそも、普通はステータスなんてよほど親しくない限り他人には見せない。パーティーメンバーでも、わかるのは一部の情報だけだ。


「な、何……」

「これ、見てください」


 そんなことに構わず、ココルは俺へ示すように、ステータス画面を向けた。

 それを見て――――俺は思わず目を丸くする。


「れ、レベル【80】!?」


 およそあり得ない数値だった。

 ここまで高いレベルは、噂にすらも聞いたことがない。

 生涯ソロで深層へ潜り続けても、至れるかどうか。


 だが――――目の前にいるのはおそらく俺よりも年下の女の子で、しかも職種ジョブは戦闘に向かない神官だ。

 意味がわからない。


「あはは、お恥ずかしい」

「い、いや、何が……というか、当たり前だけどパラメーターもすごいな……。もしかして、俺の助けなんていらなかったか? なんであの程度のゴブリンに悲鳴上げてたんだ?」

「その、急にたくさん出てきたのでびっくりして……。でも、助かったのは本当です。やっぱり戦闘はあまり得意じゃないので……」


 とはいえ、レベル【80】だ。

 そりゃ神官でソロでもこの程度の階層なら余裕だろう。


「あの……そこじゃなくて、スキルの方を見てもらえませんか」


 とココルに言われ、俺はスキル欄に目を落とす。

 そこで再び、驚いた。


 数が多い。

 実に、十一。

 俺の七も十分に多いが、それを余裕で上回っている。


 内容を見てみると……【治癒魔法強化】【MP増強・大】【慈愛神の加護】といったものが並んでいる。

 なるほど、どれも神官に向いたスキルばかりだ。


 だが――――その一番下。

 最後のスキル名に、俺の目が留まった。


 聞いたことのないスキルだ。

 これは、まさか……。


「わたし……実は、マイナススキル持ちなんです」


 ココルが恥じるように呟く。

 それは、答え合わせのようなものだった。


「その【首級のさんだつしゃ】というのが、わたしのマイナススキルです」

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