第11話 反省

「……身体が痛い」


 俺は起きて早々に恨み言を吐いた。


 頭、身体が重く、気持ち悪い。


「ノーム様! お目覚めになられたのですか!」


 そんな俺に声を上げたのは、見慣れぬ使用人だった。


 使用人はソワソワと動き回り、動揺しているようだ。 


 いかに俺がノームだからとはいえ、その慌てぶりは変である。


「――どうかしたのか?」


 頭痛を飛ばすように軽く頭を振りながら尋ねる。


「は、はい、ご説明いたします」


 使用人は畏まった様子で報告した。


「ノーム様はあの事件の後、突然お倒れになったのです」

「ああ、何となく覚えてる……」


 薄っすらと意識が遠のいたあの時か。


「それから丸一日、一切目を覚ますことのなくお眠りになられていたのです」

「丸一日……道理で」


 なるほど、この不快感は眠り過ぎによるものか。


 ひとまず変な病気でなくて安心した。


 これからやるべきことはまだまだあるのだ。


 こんな所で不自由を強いられるわけにはいかない。


 しかし丸一日眠っていたとは。


 実感はないが、中々に衝撃を受けた。


「治療師の方によると、疲労が原因だということでございました」

「そうか、なら良かった」


 もしかしたら奴らが使用していた毒物なのではないか、と推察もしていたがその心配もなさそうだ。


 単なる疲労で丸一日。


 まあ確かにこの身体になってから初めての戦闘行為。


 身体的にも精神的にもかなり消耗した実感はある。


 こればかりは仕方がなかったということにしておこう。


「あの、ノーム様、何かお食事をお持ちしましょうか」

「ああ、頼む」


 メイドに軽く返事を済まし、大きく伸びをする。


 バキバキに凝り固まった身体。


 気持ち良さを通り越して痛い。


「お待たせしました」


 直ぐ出せるように準備でもしていたのか、早々に食事が運ばれてきた。


「ありがとう」

「いえ! とんでもございません」


 全力で首を振る使用人。


 ああ、そうだった。


 リビアのお陰で忘れていたが、これが普通の反応だった。


「知っていたらでいいが、リビアはどうなっている?」


 寝ぼけたままの頭の中に事件の記憶が蘇ってくる。


 丸一日寝ていたということは、あの事件からもう二日も経っており、その間に何かしらの進展があってもおかしくない。


 事件の詳細、犯人の素性、そして被害者の安否。


「容体は安定していると聞き及んでおります」

「そうか――」


 ふっと身体から力が抜ける。


 安心した。


 本当に良かった。


「あのー……」


 突然、虚空を見つめて黙った俺に使用人が気まずそうに声をかける。


「悪い、少しボーっとしただけだ」


 適当に返事をし、内心をごまかしておく。


 本音を言ったって信じられないか、疑念を抱かれるだけだ。

 

「ああそうだ、あれからアイリスやアークトゥルス卿はどうしているんだ?」


 仰々しい面々が勢ぞろいしていたことを思い出し質問を飛ばす。


 本当なら傍から成り行きを見守っていたかった。


「アイリス殿下、アークトゥルス卿、共に昨日お帰りになられました」


 少し残念な気もするがホッとした。


 今の俺ではまだあのメンツを前にするのは荷が重い。


「そうか、まあ父上が対応してくれたんだろう」


 現状今の俺に難しいことは父に任せる。


 平民上がりの俺の出る幕ではないのだ。


 まあ今の俺は貴族だし、社交界に出る機会はこれから増えてくる。


 考えるだけで億劫だが、責任を放棄するつもりはない。


「ではお食事をお下げしますね」

「ああ、ありがとう」


 そうして使用人が部屋から出て行き、俺は一人となった。


「水流操作」


 早速魔法を唱える。


 使用人が注いでくれた器の中の水がフワフワと浮き出す。


 本来のノームであればあり得ない現象。


 だがこれは夢などではない。


 今まで起こったことも、これから起こることも全て現実だ。


 しかも今回の事件を通して分かったことがある。


 未来は必然だということ。


 今回そのロイの記憶にあった事件が実際に目の前で起きたのだ。


 それは疑いようのない事実だろう。


 しかし未来は必然であると同時に絶対ではない可能性も見えた。


 何せ、今回の事件で最も衝撃を与えたあれが起きていない。


 あれとは、そう。


 魔物の襲撃だ。

 

 ロイの記憶にある襲撃事件は間違いなく魔物が暴れたと周知されていた。


 しかし今回の事件において魔物は見ていない。


 それこそ魔物が暴れていたら、俺もリビアも無事じゃ済まなかったはずだ。


 それが意味するところはつまり、未来が変わったのだ。


 一体何の起因で変化が起きたのかは正直分かっていない。


 だが明らかに影響を与えたのは俺の存在だ。


 俺の知る襲撃事件でノームが活躍したなんて話は聞いていない。


 当然だ。


 八歳の少年が活躍できるような事件ではない。


 しかし今回は違う。


 ロイの記憶を持った俺は、魔法師二人を早々に撃退することに成功したのだ。


 恐らくはそれが今回の事件を変えた要因。


 そう考えるのが自然だろう。


 つまりだ。


 未来は変えられる。


 そしてそれができるのは世界で俺だけなのだ。


「……かなり大事になってきたな」


 自分の置かれた状況に思わず苦笑する。


 これではまるで勇者ではないか。

 

 しかもあの嫌われ者のノームがだ。


 笑えない冗談である。


 しかし俺はそれを責任として果たす心づもりだった。


 当然、誰もそのことを知らない。


 いっそのこと逃げたって誰も非難はしないだろう。


 だが目の前に救える命があるというのに、見捨てることなんてできるわけがない。


 直接的に自分のせいでないとしても、それを知っていた事実は変わらないのだ。


 俺のせいじゃないと、心の底から思えるわけがなかった。


「よしっ」


 であればまず力を付けねばならない。


 少なくとも今の俺はダメダメだ。


 あんな相手に後れを取っているようでは、世界はおろか個人も救えない。


「っいてて」


 とはいえ思いのほか筋肉痛が酷く、勢いそのままに座り込んだ。


 早々に出鼻を挫かれた思いである。


 ならば魔法だ。


「砂塵操作」


 飾られてあった観葉植物めがけて再び土属性魔法を唱える。


 実戦で分かったことだが、基礎的な水属性魔法は問題なく使用できていた。


 もちろん以前ほどの緻密さはまだまだだと言わざるを得ないが、今現在それを目指

すのは困難を極める。


 時間は当然のこと、環境の関係もある。


 それならば未だ基礎もおぼつかない土属性魔法を練習する方が、効率も良いはずだ。


 ついでにこの身体の魔力上限も知っておきたい。


 くるくると砂塵操作で土を回転させてみる。


 遠心力によって土の粒が次々と離脱していった。


 基礎的な魔法である操作魔法でさえもこのありさま。


 八歳ならば仕方がないという言い訳もできるが、それはあくまで周りからの評価。


 俺自身がそれを許せない。


 正直に言ってしまえば全然ダメ。


 まだまだ練度が足りない。


 完璧になるまでは、つまらないながらも操作魔法だけの練習をしていくしかない。


「ノーム様、失礼致します」


 突如として開かれた扉。


 俺は不意を突かれ、つい魔法操作を誤ってしまった。


「あっ……」


 土の渦が壁にぶつかり、秩序を失った土が部屋中に飛散。


 ベッドの上や床、俺の身体にまで飛び散る。


 やばい、やってしまった。


「えーっと……」


 この部屋を掃除してくれているのは当然屋敷の使用人たちだ。


 その彼女の前で部屋を盛大に汚してしまった罪悪感が凄まじい。


 気まずくて目を見ることができない。


「……よろしければ、地下室をお使いになられますか?」


 しかし彼女の口から出た言葉は叱責ではなく気遣いだった。


「あ、そ、そうだな。今度からはそうする」


 全力で頷き、肯定する。


 それに良い提案だと素直に思った。


 いくら広い部屋だからと言って、家の中で魔法を使うのは気が引けるのだ。


「承知しました、では旦那様には私から言伝しておきます」

「助かる」

「えっと、掃除も今された方が良いでしょうか?」

「あー……頼む」


 素直に肯定した。


 土そのものは魔法で除去できるが、付着した汚れまでは魔法でどうにかなるものじゃない。


 申し訳ないが、勤めを果たしてもらおう。


「承知しました、しばらくお待ちください」


 メイドの言葉を聞いた後、俺は部屋から出た。


 筋肉痛が痛むが、致し方ない。


 こればかりは自業自得だ。


 とはいえどこに行こうか。


 地下室はまだ父に言伝されていないし、食事も取ったばかり、当然外にも出れない。


 しばらく考えた後、俺は廊下の先にある部屋が視界に入る。


「ミリアか……」


 妹ミリアの部屋だった。


 今現在、リビアもアイリスもこの屋敷にはいない。


 つまりミリアに寄り添ってくれる人がほとんどいない状況で、そのことは彼女にとっても良くない状況だろう。


 それに今はあんな事件が起こってしまった後だ。


 誰か親身になってあげる人がいなければならない。


 本来であればそれをするのが家族。


 だが俺がいくのは悪手だろう。


 今まで冷遇してきた兄が、豹変した態度で接してくるのは混乱を招いてしまいかねないのだ。


 それもこれも長年、俺が積み重ねてきた結果。


 根気強く、印象改善していく他ない。


 諦めてなるものか。


 ミリアとの関係改善、それも今の俺にしかできないことなのだから。

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